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火薬御飯

Category :  ミリタリー
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 F-15は、世界で1000機以上が40年にもわたって運用され、イスラエルや湾岸戦争で実戦も経験しているが、事故以外の被撃墜(撃墜された)記録は今だに1機もない現役で世界最強の戦闘機だ。ただ唯一、訓練中に僚機の誤射で撃墜された事案が我が国に1件だけあり、その残骸がここにある。
大慶園 DAIKEIEN千葉県市川市大町358アミューズメントパーク大型ゲームセンター第6航空団第303飛行隊所属F-15J戦闘機52-8846空中戦闘機動(ACM)小松基地
 キャノピーの形などからF-15Jとわかる。機首のレーダーや火器管制装置、コックピットのHUD(ヘッド・アップ・ディスプレイ)などは当然取り外されている。この機はもともと小松基地所属の第303飛行隊のF-15Jで、1995年(平成7年)11月22日、 石川県輪島市、舳倉島沖の訓練空域で。空中戦闘機動(ACM)訓練中に、誤ってセイフティーを解除した僚機から発射されたAIM-9Lサイドワインダーが被弾。機体は海没したがパイロットは脱出して無事だったのは何よりだ。同機と僚機の2機はスクランブル待機の予備機だったため、実弾を搭載したまま訓練に入ったらしい。こんな所に置いたら中国人や韓国人に盗まれないか心配になるが、そんな要因もあって民間放出が厳格化され、今後は出てくる可能性が極めて低い貴重な逸品。
大慶園 DAIKEIEN千葉県市川市大町358アミューズメントパーク大型ゲームセンター第303飛行隊所属F-15J戦闘機52-8846小松基地プラット・アンド・ホイットニーF100-PW-100ターボファンエンジン石川島播磨重工業ライセンス生産(F100-IHI-220E)
 プラット・アンド・ホイットニーF100ターボファンエンジンを石川島播磨がライセンス生産したF100-IHI-220Eエンジン。空自が使う戦闘機用ターボファンエンジンはこれ一種類しかない。ジェットエンジンは運転中 高温に晒されるため主要部分はチタニウム合金製。ミサイルで破壊され3カ月も海中に沈んでいたものだが、キズも腐食も見られない。F-15は双発のため同じものが2基あるが、どちらも可変ノズルやアフターバーナーがない。赤外線誘導のAIM-9Lが命中して、吹き飛んでしまったのかもしれない。
大慶園 DAIKEIEN千葉県市川市大町358アミューズメントパーク大型ゲームセンター第303飛行隊F-15J戦闘機52-8846小松基地プラット・アンド・ホイットニーF100-PW-100ターボファンエンジン石川島播磨重工業ライセンス生産(F100-IHI-220E)
 ライセンス生産には高い技術力や機密保持のための信用、メンテナンスのための高度な現場スキルが要求される。F-15の輸出先(日本、イスラエル、サウジアラビア、韓国)でライセンス生産が許されたのは日本だけだ。これは同じ戦闘機を保有しながら運用面で協力が難しい韓国との外交上の火種になっている。無論それは韓国の技術力と信用が、世界的に見ても極端に低いためだ。対する我が国は米国と並んで稼働率世界トップにある。

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 M10のリメイク後、M24など支援車両の充実をしてきたタミヤが、ついにM18をラインナップに加えた。M4の派生車両であるM10やM36に比べるとすべて新造になるであろうM18は、ソリッドな米軍戦車の中でもユニークな存在。WoTなどゲームアイテムとしては突出した性能でおもしろい。
1/35 アメリカ軍 M18 ヘルキャット 駆逐戦車1・35 SCALE U.S. TANK DESTROYER M18 HELLCATミリタリーミニチュアシリーズ No.376タミヤTamiya静岡ホビースクエアSHIZUOKA HOBBY SQUARE静岡ホビーショー2021静岡市駿河区南町18-1 サウスポット静岡3F
 第二次大戦初頭、対戦車戦闘ができる主力戦車の不足に悩んだ米軍は、歩兵部隊用M2中戦車をベースに31口径75mm戦車砲を車体右寄りに搭載したM3中戦車リー/グラントを急造しアフリカ戦線に投入。次にM3のシャシーをベースに大型のターレットリングの旋回砲塔に75mm砲を搭載したM4中戦車を1941年10月に制式化。1942年7月から量産。大量に実戦投入されたM4だったが、戦線が欧州大陸に移ると、新型のドイツ軍重戦車に苦戦を強いられる。この時期は前線と米本国との意識の乖離が激しく、ドイツ戦車への当面の対抗策として複数の戦車駆逐車両が試作された。強力な火砲ながら申し訳ていどの装甲の米駆逐戦車は、とても正面切ってドイツ戦車と渡り合える代物ではなかったが、数にものを言わせた物量戦で連合軍の反攻作戦を支えた。M18はアンツィオ上陸以降、前線に登場する。
1/35(76mm Gun Motor Carriage M18:76mm自走砲車 M18)M18 ヘルキャット 駆逐戦車1・35 SCALE U.S. TANK DESTROYER M18 HELLCATミリタリーミニチュアシリーズ No.376タミヤTamiya静岡ホビースクエアSHIZUOKA HOBBY SQUARE静岡ホビーショー2021静岡市駿河区南町18-1 サウスポット静岡
 前面装甲25.4mm、側・後面12.7mmの圧延鋼板で溶接構造の車体にM3やM4と同じ空冷星型コンチネンタルR975エンジンを搭載。ドライブシャフトにユニバーサルジョイントを介し車高を抑え、重量18トンの軽量な車体は最大速度80km/hという第二次大戦の戦車では世界最速を誇る。そのため俊足を活かしたヒット・エンド・ラン戦法に有利で、高機動力を使って敵陣後方に回り込む戦術で多数のドイツ軍戦車の撃破を記録してる。
1/35(76mm M18 GMC 76mm自走砲車 M18)M18 ヘルキャット 駆逐戦車1・35 SCALE U.S. TANK DESTROYER M18 HELLCATミリタリーミニチュアシリーズ No.376タミヤTamiya静岡ホビースクエアSHIZUOKA HOBBY SQUARE静岡ホビーショー2021静岡市駿河区南町18-1 サウスポット静岡
 これまで1/35プラモデルは、エアフィックス、AFVクラブ、アカデミー、イタレリなどからラインナップされてきたが、キットはイタレリ製の日本版かと思う。クオリティーではエアフィックスと比べるべくもなく、AFVクラブ等よりも安価で入手しやすくなることが期待される。砲塔オープントップは米駆逐戦車だけの特徴で、作り込みやすく見栄えも良い。
1/35(76mm Gun Motor Carriage M18 ヘルキャット 76mm自走砲車 M18)M18 駆逐戦車1・35 SCALE U.S. TANK DESTROYER M18 HELLCATミリタリーミニチュアシリーズ No.376タミヤTamiya静岡ホビースクエアSHIZUOKA HOBBY SQUARE静岡ホビーショー2021静岡市駿河区南町18-1 サウスポット静岡
 アカデミーではフルインテリアキットもあるが、作り易さもクオリティーも断然タミヤが上だろう。防盾のカンバス質感の再現もこのキットのポイントになりそうだ。M36は初期の自衛隊で運用実績があり、M24に至ってはM4より台数が多かった。残念ながらM18が自衛隊で使われた記録はなく、それゆえプラモ化が遅れた。砲塔を外した輸送型のM39は朝鮮戦争にも従軍、耐用年数を過ぎたM18の砲塔を、M42対空戦車の車体に載せた台湾陸軍の64式戦車等は永く使われたため、近隣諸国でも需要は高そうだ。

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 艦上偵察機「彩雲」の現存機は海外にも皆無で、この胴体もどこから来たものか不明。仮に復元されればおそらく世界で唯一の機体になる。米国のスミソニアン博物館に部品状態で保管されていた個体かもしれない。
河口湖自動車博物館飛行舘Kawaguchiko Motor Museum Kawaguchiko Fighter Museum中島飛行機 C6N 「彩雲」十七試艦上偵察機 Nakajima C6N Saiun Carrier-based reconnaissance aircraft道の駅富士吉田富士山レーダードーム館鳴沢氷穴道の駅なるさわ富士山博物館鉱石ミュージアム富士山青木が原樹海山梨県南都留
 戦時中、偵察機を専用で作った国は珍しく、艦上機としては世界で唯一の機種。陸軍の百式司令部偵察機と共に高い性能を誇り、連合軍の前線を脅かした。戦後、接収された機体の米国内テストでは高オクタンガソリンを使って時速694㎞/hを記録。これは日本軍の単発機としてはトップの速度記録(双発機ではキ83試作戦闘機の762km/hが最速)。戦中の国内テストでは639km/hの速度を記録し低質の燃料ながら日本軍機では最速だった。
河口湖自動車博物館飛行舘Kawaguchiko Motor Museum Kawaguchiko Fighter Museum中島艦上偵察機 C6N 「彩雲」十七試 Nakajima C6N Saiun Carrier-based reconnaissance aircraft道の駅富士吉田富士山レーダードーム館鳴沢氷穴道の駅なるさわ富士山博物館鉱石ミュージアム富士山青木が原樹海山梨県南都留郡鳴沢
 機体の後部から前方に向って3名が乗機し、中央に写真機や無線・航法装置があったはずだ。偵察機のため基本的に非武装だが、後部座席に一式7.9粍機銃を装備していた。構造は中島らしく縦通材を減らし圧延厚板を多用したセミモノコック構造で、沈頭鋲を使いパテで表面を平滑化していた。
誉エンジン中島飛行機空技廠発動機部NK9ハ45空冷星型複列18気筒ボア×ストローク130mm×150mm排気量35.8 L35800㏄河口湖自動車博物館飛行舘Kawaguchiko Motor Museum Kawaguchiko Fighter Museum
 彩雲のものと思われれる「誉」エンジン。14気筒の「栄」を18気筒化しボアアップした空冷星形35800㏄エンジン。陸軍の四式戦「疾風」や海軍の紫電改などに搭載され、小型軽量だが高回転型で油脂類にも高い品質を要求した。接収した米軍は、その精密さを「奇跡のエンジン」と評した。設計者の中川良一技師は戦後日産プリンス・スカイライン2000GT-R、R380、383の(S20、GR8、GRX-3)エンジンの設計にも携わっている。

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 空自の退役したF-86Fは相当数現存しているらしい。今と違って装備品の民間放出がまだ緩かった、または米軍の供与だったのでスクラップとして払下げがラクだったのかもしれない。おかげで多数の現存する機体が残されたのは好ましい事だ。おそらく個人所有だが大事にしてほしいものだ。
F-86 セイバー(North American F-86 Sabre )航空自衛隊主力戦闘機F-86F-40「旭光」ブルーインパルス(Blue Impulse)河口湖自動車博物館・飛行舘(Kawaguchiko Motor Museum Kawaguchiko Fighter Museum)
 この個体は実際にブルーインパルスに在籍した機体で、シリアルナンバーは“02-7962”。浜松広報館に屋内展示されている“02-7960”となぜか同じ機体番号になっている。修復待ちの機体だろう。因みに静岡市内の某S医院の屋上に展示されているF-86は機番「516」が描かれているが、こちらはレプリカと思われる。手入れされているらしく状態はかなり良い。
F-86Fセイバー(North American F-86 Sabre )航空自衛隊主力戦闘機F-86F-40「旭光」ブルーインパルス(Blue Impulse)河口湖自動車博物館・飛行舘(Kawaguchiko Motor Museum Kawaguchiko Fighter Museum)
 F-86Fの原型はノースアメリカン社の傑作機P-51ムスタングの主翼や尾翼を流用、単発のジェットエンジンを搭載したXFJ-1フューリーに遡る。
 XFJ-1は少数の生産に終わるが、これに戦後齎された新技術の後退翼を装備したものがF-86の原型機となる。堅実な設計のF-86Fは折からの朝鮮戦争に大量に投入され、その後再建当時の空自にも400機以上配備された。
F-86Fセイバー(North American F-86 Sabre )航空自衛隊主力戦闘機F-86F-40「旭光」ブルーインパルス(Blue Impulse)河口湖自動車博物館・飛行舘Kawaguchiko Motor Museum Kawaguchiko Fighter Museum
 F-86Fのブルーインパルスは1964年の東京オリンピックで空に五輪を描き有名になった。空自のF-86Fは230機がライセンス生産、70機がノックダウン生産され、米軍から余剰機100機以上が供与された。用途廃止後は多数が民間に放出され分解状態等で各地に散在していると思われる。

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 今はSNSで幼稚な能書きばかり垂れ流される時代。そんな書き手は学歴云々以前に本を読まないため、いわゆる語彙力が貧相だが、無責任な即答ができるため、低能な発言がネットで先行してしまう。そこに史実とプロパガンダくらい解釈に差が生まれる。その精査が歴史の醍醐味でもある。
宇垣 纒(うがき まとめ 1890年(明治23年)2月15日 - 1945年(昭和20年)8月15日)Matome Ugakiماتومي أوغاكي宇垣纏Угаки, Матомэ우가키 마토메大日本帝国海軍Imperial Japanese NavyИмператорский флот Японииالبحرية الإمبراطورية اليابانيةArmada Imperial J
 宇垣は参謀長として大和にも座上するが、常に部外者扱いにされ卯建が上がらないまま終戦。玉音放送の後に僚機を伴って特攻に飛び立った行為が停戦の命令違反と見なされ、特進もなく一時は靖国に合葬さえされなかった。これを一種の武勲と見なすか終戦後に犠牲を増やしたとみなすかで評価が分かれる。或いは戦後、生き恥を晒すと批難されながら戦後処理に尽力した人物もいた。ただ今のような平時にこのような行動様式の人間はもう現れない。歴史マニアの安直な興味かもしれない。史実を読み解く努力は要るが、その解釈や人物評は別に一つでなくても良いはずだ。

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