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火薬御飯

Category :  オートバイ
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ZXR250は1989年に発売。1993年にモデルチェンジして1995年に販売終了。僅か6年の寿命だったがその売れ行きと伝説はインターネットが普及して情報速度が桁違いになった今現在をもはるかに凌ぐアツいものだった。
kawasakiカワサキZXR250Cレーサーレプリカ1993年カタログ自主規制40馬力BALIUS旧車ZX250CEバリオスZX-4R-001
カタログはフルカラー10ページに及ぶ同人誌顔負けの小冊子で販売促進からカネを惜しまない。それが回収できる目論見あってのこと。当時流行ったハリウッド映画の原作アメコミ調のイメージ戦略で商品説明は少ない。
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このオリジナルキャラクター達を手書きではめ込むんだからグラフィックデザイナー氏は大変だったろう。レーサーレプリカのブームのピークは88年頃。ZXR250のデビューは89年だから遅きに失した感は否めなかった。
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ストーリーは主人公の川崎君とカノジョが街の悪党に襲われるが川崎君が妄想の中でZXRマン(わりとカッコイイ)に変身して現実でも悪党を退治してしまう…といったもの。英語に日本語字幕が付くのも洋画っぽい演出。
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本題のZXR250(C型)は1993年発売、この年はカワサキが鈴鹿8耐でスコット・ラッセル&アーロン・スライトのペアが初優勝した年。そんなことは関係なくモデルチェンジしたZXR250はラグジュアリーに振られていた。
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カワサキは罪なことに初代ZXR250と同年ゼファー400という強力なムーブメントを発売。大ヒット漫画「あいつとララバイ」の旧き良き不良イメージを背負ってレーサーレプリカに圧力を掛けた。これがまた盛り上がる。
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ZXR250もゼファーも良いマシンでよく売れた。特筆すべきは両者とも純国産だった事。今どきのドコの国で作ったかわからない安普請とは部品一つ一つのクオリティーが全く違う。バイクと車はやはり日本製に限る。

テーマ:KR250/KR250S/KR-1 - ジャンル:車・バイク

Category :  オートバイ
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おかげさまで昨年末まとめて投稿した昔の写真のリクエストを頂いているのだが、なにしろこのブログをチラ見して発狂している迷惑系が地元には多いらしい。そんな奴等に免じてたまには人が(特に若い女性が)写っていない無機質な風景でも投下してやる。まあ静かに余生を送りたいし(笑)。
火薬御飯KawasakiカワサキFX400R(ZX400D)GPZ400R400ninjaフェックスZ400FX旧車會
写真の時期は私の愛車の改造度合から90年代半ばくらいかと思う。右のZ400FXは会社の同僚氏で中央はバイク繋がりの後輩。フェックスのマフラーはバンス&ハインズ。400ニンジャのほうはツキギのアレーテ・ベルべだったと思う。その頃はクルマやバイクを買ったら先ずマフラーを変える。それが当時のトレンドで「ノーマルはダサい」とまで言われた(笑)。
90年代半ばに車検が規制緩和するとほぼ同時に検対マフラーが出回り始める。その少し前から大手メーカーから車検対応ではないが公道で扱いやすく騒音も抑えたマフラーが発売されていた。左の私のFX400Rに装着されているのはビート・バックファイヤーⅡだが既にビートはレース用にナサート・パルスコーン、行動用にナサート・ベーシックと棲み分け。またエキパイをチタンやステンレスにして見栄えの良いマフラーも増えていた。
マスコミやフィクションでこの辺りの時代考証がかなり曖昧になっているが例えば80年代はレース界デビューを本気で目指すガチな走り屋と暴走族以外はほぼノーマル。でないとバイク屋に嫌がられたりする。90年代になって比較的スペック重視の低騒音マフラーが普及。足回りカスタムが普及して車検を通るようになるのは90年代後半から。それ以前はいわゆる「裏車検」が当り前で私も度々お願いした。この辺りは地域差もかなりある。
カワサキFX400R京都嵐山渡月橋
京都嵐山に下道使って八つ橋を買いに行った時だと思う。夏場でオーバーヒート対策にオイルをカストロール・シントロンに変えて行った。このオイル通常はとても硬くオーバーヒート近くなると吹けが軽くなった。足回りは藤枝のチューニングショップ「ウィニングラン」にお願いしてゼファー用を移植。80年代まではチューニングは裏稼業で紹介でもなければ一発で断られた。この足回り交換は大成功で前後16インチのゴツゴツいう感じがなくなり疲労が激減。おかげでやたらと遠くまで走るようになった。

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いわゆるティーダブが流行ったのはY2Kを挟んだ90年代後半から2000年一桁くらい。起源は諸説あるが何度かブームがぶり返しながらY2Kファッションと同じ時期に大ブレイク。これは職場の後輩に頼まれてカスタムした一台。機能性を損なわず(むしろ軽量化)自分でできる好素材でもあった。
YAMAHAヤマハTW200TW225Eティーダブ2JL(4CS14CS24CS34CS54CS44CS6)BA-DG07J(5LB)BA-DG07J(5LB)BA-DG09J(5VC)Z世代「Y2Kファッション」ミレニアム・バグmillennium bug2000年問題
なんでこんなモノが流行ったんだろ?と今見ても思うが、どれくらい流行ったかというと相場が高かっただけでなく、こんな状態で盗まれたことがあるという信じられないような事件があった。紆余曲折あって盗まれてから30分ほどで取り返す。ついでに犯人のバイクも頂いたが、警察に被害届を出しに行ったら犯人のバイクは没収された(笑)。私が被害者なのに(泣)。
当然私も乗り回したしロングツーリングで日本海側まで走ったこともあった。TWは街中では以外と速い。タイヤが太いおかげで安定感があってブレーキはフロントもドラムだが思ったより利く。ただ高速道路では100㎞/hがせいぜいで全開にするとオーバーヒートでアイドリングしなくなる。
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個人売買で購入時の状態。初期型フルノーマル。80年代のオフ車には珍しくセル・キック併用だったのがとても便利だった。この仕様のまま乗り回しても良かったが、なにしろ「ノーマルはダサい」と云われた時代。ティーダブなら尚更だ。シートやフォークブーツの劣化も酷く、速攻でカスタム開始。構造的にシンプルで自家塗やカスタムも楽しかった。今となってはノーマルこそ希少。互換のあるセローのエキパイは今も高値で品薄。逆にTWカスタムの定番だったミニメーターやベーツライトは今やゴミ同然。
ヤマハTW200改TY250R YAMAHA 北極点到達スペシャルNorth-Pole special(2JL)風間深志Shinji Kazama冒険者Adventurers探検家motorcycles山梨県風魔プラス1 FUMA‐Xアニメ「スーパーカブ」地平線への旅―バイクでやったぜ北極点OU70道の駅みとみ新東名NEOPASA清水PA
初代TW200発表とほぼ同時期に冒険家の風間深志氏が北極点到達に使用したTW改。ヤマハが持てる技術と大枚をブチ込んだバリバリのワークスマシン。著書で風間深志氏が述懐するように似て非なるモノだがイメージ戦略の得意なヤマハはコレを効果的に活用。ヤマハのキャッチコピーに多かったタフネス&ワイルダネスをアピールした。こういう当初の意図とはかけ離れたところで若者に絶大なヒットを飛ばしたのが90年代のヤマハ(笑)。

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DTというブランドのオフロードバイクは当時ホンダのMTX系を人気・性能とも明らかに凌駕するマシンで、私もこのDT125R(3FW)がとても気に入っていた。なぜ手放してしまったかといえば、その頃すでに中古バイクのレストア販売というボロい副業が繁盛して置き場に困ったからだと思う。
 YamahaヤマハDT125R(3FW)キャンプリゾート伊豆キャンプ場mobility parkモビリティパークEnduro raceエンデューロMotocrossモトクロスRally Raidラリーレイド静岡県伊豆の国市長者原新東名長泉沼津IC伊豆縦貫道伊豆中央道大仁中央IC
90年代のバイクは当時流行りだったレースに即転用できるような外連味のない質実剛健な作りになっていた。だが私が何より気に入ったポイントは始動がセル・キック併用だった点。今では当たり前だが当時のバイクは全て国産。セルモーターが付くと単価に響いた。その代わり簡単には壊れない。ブレーキは前後ディスク。これも当時125としては贅沢な装備でロックしにくくタッチも良い。ディスクガードなど装備の見栄えも良かった。またこのDTはヘッドライトが大きく夜も明るかったように記憶している。
 YamahaヤマハDT125R(3FW)キャンプリゾート伊豆キャンプ場mobility parkモビリティパークEnduro raceエンデューロMotocrossモトクロスRally Raidラリーレイド静岡県伊豆の国市長者原新東名高速道路長泉沼津IC伊豆縦貫道伊豆中央道大仁中央IC
仕事がインドアな時分だったのでほとんど日焼けしていない。エンデューロは続けたかったが当時はまだ残業無制限の超ブラック業界が当り前の御時世。時間や装備を集中させるレース関係は厳しかった。もっともその頃レースとかに注ぎ込み過ぎて借金塗れになったなんて話もザラにあった。若い頃ヘタに時間やカネに余裕があるとロクなことはない。おかげでたまの休みに無理やり時間を作って遊びに行く習慣もこの頃から身に付いた。

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災害ボランティアというと清水区在住の某自称バイク乗りが発起人だった「バイクボランティア Bi-Vo」という団体を思い出す。この団体、昔からHPだ掲示板だと複数のアカウントをお持ちで、画像にはSNSまで「電子透かし」が入ってる。たぶんホムペから転用したものだろう。私は要らんけど(笑)。でもヘンに疑われても面倒なので、バイクは自分のを載せとく。
MC・HELLDIVER澁谷バイクボランティア Bi-Vo
この団体の発起人の一人は今回台風被害の大きかった静岡市清水区高橋近辺にいたはずだが十数年前から行方不明。その前後にチーム内で除名だ解散だとゴタゴタがあったらしい。彼のHPは運営が停止して消滅したが、なぜか掲示板だけ残っている。おそらく大昔よくあったサーバの又貸しコンテンツで掲示板だけ別サーバに取り残されのだろう。本体の運営が終了したため掲示板の削除できないらしい。または管理人が投げ出したか。個々の書き込みは削除パスで抹消できるはずだが…まあ、どうでもいい(笑)。
この発起人、発足当初は鼻息も荒く災害時のバイクの有用性やらボランティアの心得についてそれは熱く語っていた。私は「まあ仕事もありますので…」と適当に聞き流していたが彼の熱弁は更にヒートアップし、ついには「ヤラない奴はダメだ!」という批判論に発展。まあいいけど(笑)。
現場での活動経験もない彼等が何故そんな境地に達したかといえば御上のお墨付きを手にしていたからだった。行政の外郭団体が主催する防災セミナー等の研修会に参加すると終了証や感謝状がもらえる。自称アウトローの彼等にも御上のお墨付きは葵の印籠にだったらしい。まあイイけど(笑)
ところでその掲示板に名前のあった同じハンドルネームの奴が今の管理者で過去に私のブログに書き込みをした前科がある。コイツ自分のツイッターでも日本語の使い方が少し(かなり)オカシイ。難しい言葉をカッコつけて使うから間違える。まあブログに書き込みするような奴だし(笑)。前の管理人も結局地元で反感を買って蒸発したけど…誰か探してやれよ(笑)。

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