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オートバイ
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この時期KROG公式サイトに年間のイベント予定が発表されると憂鬱になる事がある。数年前、失業手当を貰いに行った帰りに止まったまま動かなくなった自分のKRの事だ。原因不明のままここ数年間、実家の倉庫で寝たままになっている。早く直さねば!と気ばかり焦ってみるが、こういうモノって一度モチベーションが堕ちる手が付かない。何かお茶を濁すように毎回違うバイクで行っては いかにも古参の様な顔をしているのは如何なものか。イイわけないだろ!
…金や時間の問題じゃないんだ。ヤル気の問題なんだ。
10年以上前は、ヤフオクはおろかインターネットもまだ少数派だった頃、輸出業者から勢いで購入。昔は(当時は)現物を買い逃したら、再び見付かる確率が低かった。だから後先構わず買い漁った。

少なくともこのKR↑(書付不動)は当りだった。キャブO/Hだけで取り合えず始動。KRの美点の一つは、このキャブレターの整備が異常に楽だ!と言うに尽きる。プラス螺子2本緩めれば、キャブ本体が外れる。タンクもサイドカバーも外さない。
当時は この程度のポンコツを少しずつ直していく…というのが定石だったと思う。確かに本体は輸出業者から1万円で買ったが、例えば 前後タイヤ交換、フロントフォークのO/H(シール類やインナーチューブの交換)、バッテリー、電気部品、ブレーキパッドやチェーン、油脂類など、徐々にやっていくとはいえ、トータルでは20万円近く掛かっていたことになる。「趣味」と言ってしまえば それまでだが。
昔(10年くらい前)は そんなモノだったかもしれない。だからバイク屋はボレた。その後、こうしたボッタクリ商売を自分でもやったため、少々冷静に考えてしまう。車検や保安基準が緩和されたにしても、クレーム対応などは逆に喧しくなった。あまりボロいバイクやクルマは、自分が乗るにしても堂々とは走れない。ちゃんと情報があって、ある程度の実働車が手に入る今なら無闇なレストアは人様にはお奨めしない。かえって高く付くし、安全や外観にも気を使うべきだ。また、この一台を作るために 大量の中古部品で部屋がゴミ屋敷になった。
上の写真から1年後くらい。見るも無残に改造された同じKR250S…。

こんなワケのわからない誰ピカ現代アートで 蔵王や明石まで走り回れたのは、巷が第一次TWブームだったからだろうか。 因みに後ろにはナンディ小菅氏のNSRが写っている。カスタム・バーニングで特集された車両だった。(自慢)流行り廃りでヤルものではないとはいえ、この仕様で"今"走る勇気はないナ…。
今なら極力ノーマルで、程々にキレイな(少なくとも清潔な)車両にしたい。当時モノに拘る趣味はないが、古い車両に乗る意義は残しておきたい。 よくいう進化版とか、古いバイクに現代風のカスタム…的なZやカタナに多い能書は嫌だ。
KRに限らず古いモノには何かしらの原体験がある。それはトラウマかもしれない。これを書き始めると個人個人、本一冊分くらいの思い出話になってしまうだろう。オジンの退屈な昔話は別としても、実働車両として生き残っているバイク、KRの場合は20年以上経過しているわけだが、それが動いているだけでも奇跡に近い。
実はそれが"自慢"で、この複雑怪奇なエンジンのバイク(KR)に乗っていた。…あまり、美しい話ではないな。
…金や時間の問題じゃないんだ。ヤル気の問題なんだ。
10年以上前は、ヤフオクはおろかインターネットもまだ少数派だった頃、輸出業者から勢いで購入。昔は(当時は)現物を買い逃したら、再び見付かる確率が低かった。だから後先構わず買い漁った。

少なくともこのKR↑(書付不動)は当りだった。キャブO/Hだけで取り合えず始動。KRの美点の一つは、このキャブレターの整備が異常に楽だ!と言うに尽きる。プラス螺子2本緩めれば、キャブ本体が外れる。タンクもサイドカバーも外さない。
当時は この程度のポンコツを少しずつ直していく…というのが定石だったと思う。確かに本体は輸出業者から1万円で買ったが、例えば 前後タイヤ交換、フロントフォークのO/H(シール類やインナーチューブの交換)、バッテリー、電気部品、ブレーキパッドやチェーン、油脂類など、徐々にやっていくとはいえ、トータルでは20万円近く掛かっていたことになる。「趣味」と言ってしまえば それまでだが。
昔(10年くらい前)は そんなモノだったかもしれない。だからバイク屋はボレた。その後、こうしたボッタクリ商売を自分でもやったため、少々冷静に考えてしまう。車検や保安基準が緩和されたにしても、クレーム対応などは逆に喧しくなった。あまりボロいバイクやクルマは、自分が乗るにしても堂々とは走れない。ちゃんと情報があって、ある程度の実働車が手に入る今なら無闇なレストアは人様にはお奨めしない。かえって高く付くし、安全や外観にも気を使うべきだ。また、この一台を作るために 大量の中古部品で部屋がゴミ屋敷になった。
上の写真から1年後くらい。見るも無残に改造された同じKR250S…。

こんなワケのわからない誰ピカ現代アートで 蔵王や明石まで走り回れたのは、巷が第一次TWブームだったからだろうか。 因みに後ろにはナンディ小菅氏のNSRが写っている。カスタム・バーニングで特集された車両だった。(自慢)流行り廃りでヤルものではないとはいえ、この仕様で"今"走る勇気はないナ…。
今なら極力ノーマルで、程々にキレイな(少なくとも清潔な)車両にしたい。当時モノに拘る趣味はないが、古い車両に乗る意義は残しておきたい。 よくいう進化版とか、古いバイクに現代風のカスタム…的なZやカタナに多い能書は嫌だ。
KRに限らず古いモノには何かしらの原体験がある。それはトラウマかもしれない。これを書き始めると個人個人、本一冊分くらいの思い出話になってしまうだろう。オジンの退屈な昔話は別としても、実働車両として生き残っているバイク、KRの場合は20年以上経過しているわけだが、それが動いているだけでも奇跡に近い。
実はそれが"自慢"で、この複雑怪奇なエンジンのバイク(KR)に乗っていた。…あまり、美しい話ではないな。
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オートバイ
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ものの本によれば、二輪・四輪両方を生産している企業は世界に3社しかないそうだ。ホンダ、BMW、そしてスズキ。 地元という事もあってか、或はそのありふれた名前のせいか、スズキというブランドは大衆的、庶民的すぎる気がして昔から敬遠していた。が、ブランドだけがヘンに一人歩きをしているカワサキにもこの頃飽きがきてしまった。カワサキに乗っている奴が硬派だとは限らない。実は硬派を気取るだけのタコ助が乗っている事も多い。自分的に スズキの車や二輪が子供の頃から身近に在り過ぎて抵抗があった。でも、この会社、控えめに見ても地味に良い仕事してる…と最近になって思ったりして。
ヤフオクの現車確認のため拝見したセルボ。SS40型63年式くらい。

「カネがなくても」マイティーボーイのほうが現存している固体は多い。だからこちらは希少。この型のターボがあったことも、今では知っている人も少ない…。”selbo is a turbo!”というTVCMがあった。
たぶん当時はボンバンが主流で、アルト47万円というコピーが氾濫していた。4stになってからのアルトは、もう少し高値だったはず。それに派生型も多い。ツインカム、ターボが別々に出て、すぐにアルトワークスになった。丸目になって少ししてエンジンだけ660(F5A→F6A)になった。セルボはこの型のあと、セルボモードになる。織田祐二がCMに出ていた。若者イメージというヤツを出したかったのだろう。90'sというのがド真ん中だが、最近はその車に爺婆がよく乗っている。それでもセルボモードもとても好きだ。
記憶が正しければ、初めて乗ったバイクは2stバーディ50。生垣に突っ込んだ。原付免許を取って少しの間、親戚の姉さんのラブ・モリハナエというスクーターを借りていた。 すごく遅かったが「スクーターとはこんなモンだ」と思っていたので、同じ名前のラブⅢが出た時はかなり驚いた。文字通りの一世風靡…だと思う。

意匠の関係か後方排気になっている。外装を含め整備性もイイ。車体も軽く、速い。JOGやDJ-1も速かったが、容的にこの丸目が気に入っていた。このあともっと速いHiが出てくるがCMはなぜか明石家さんまを使っていた。初期のレッツは鈴木蘭々だったり、国産6万円に菊川怜を使ってみたり、スズキの広告って御茶目。だからよく憶えてる。
昔から仮面ライダーも宇宙刑事もスズキのバイクのユーザーだった。サイクロン号もサイバリアンにも”SUZUKI”という文字が誇らしげに輝いていた。宇宙刑事ギャバンは普段はジムニーに乗っていた。だからというわけでもないが行き着いた処の空冷四発はGSX系だった…。永い事カワサキの水冷だったので今更Zやゼファーにも興味はなかった。ウィングや音符マークも以下同文。
1100はオタクっぽくて嫌い。キリンオタクはキモい。自分は唯でさえオタクだ。750で充分。首都高のキングもヒデヨシも750だった…うむ、確かにオタクだ。
↓スズキの名誉のために言っておくがカタナは滅多に故障なんかしない!

ガス欠だ。中央道笹子トンネル内。渋滞の名所で 空いていたのは勿怪の幸い。信玄公の曰く「腹が減っては戦ができぬ。」 昔のバイクは重い。不動如山。
昔のバイクは部品一つ一つが凄く頑固にできている。スペースにも余裕がある。よく"訳知り"が「スズキのバイクは電気が弱い」と垂れるが、電装品等はどこのメーカーも同じ様なものを使っている。電装の部品が悪いワケではなく、艤装に多少問題があるというだけだ。導通よりも振動対策が重点なのがこの時代。その辺を対策すれば、一発始動・ウソみたいによく走るし、ライトも明るくなる。無暗にアフターパーツにせずとも 移動手段としてなら充分過ぎるほど使える。「低年式のノーマル」というヤツは、そういう自慢のネタにもなったりする。以前、カスタムに凝った時期もあったが、これはこのまま乗りたい…と思う。
ヤフオクの現車確認のため拝見したセルボ。SS40型63年式くらい。

「カネがなくても」マイティーボーイのほうが現存している固体は多い。だからこちらは希少。この型のターボがあったことも、今では知っている人も少ない…。”selbo is a turbo!”というTVCMがあった。
たぶん当時はボンバンが主流で、アルト47万円というコピーが氾濫していた。4stになってからのアルトは、もう少し高値だったはず。それに派生型も多い。ツインカム、ターボが別々に出て、すぐにアルトワークスになった。丸目になって少ししてエンジンだけ660(F5A→F6A)になった。セルボはこの型のあと、セルボモードになる。織田祐二がCMに出ていた。若者イメージというヤツを出したかったのだろう。90'sというのがド真ん中だが、最近はその車に爺婆がよく乗っている。それでもセルボモードもとても好きだ。
記憶が正しければ、初めて乗ったバイクは2stバーディ50。生垣に突っ込んだ。原付免許を取って少しの間、親戚の姉さんのラブ・モリハナエというスクーターを借りていた。 すごく遅かったが「スクーターとはこんなモンだ」と思っていたので、同じ名前のラブⅢが出た時はかなり驚いた。文字通りの一世風靡…だと思う。

意匠の関係か後方排気になっている。外装を含め整備性もイイ。車体も軽く、速い。JOGやDJ-1も速かったが、容的にこの丸目が気に入っていた。このあともっと速いHiが出てくるがCMはなぜか明石家さんまを使っていた。初期のレッツは鈴木蘭々だったり、国産6万円に菊川怜を使ってみたり、スズキの広告って御茶目。だからよく憶えてる。
昔から仮面ライダーも宇宙刑事もスズキのバイクのユーザーだった。サイクロン号もサイバリアンにも”SUZUKI”という文字が誇らしげに輝いていた。宇宙刑事ギャバンは普段はジムニーに乗っていた。だからというわけでもないが行き着いた処の空冷四発はGSX系だった…。永い事カワサキの水冷だったので今更Zやゼファーにも興味はなかった。ウィングや音符マークも以下同文。
1100はオタクっぽくて嫌い。キリンオタクはキモい。自分は唯でさえオタクだ。750で充分。首都高のキングもヒデヨシも750だった…うむ、確かにオタクだ。
↓スズキの名誉のために言っておくがカタナは滅多に故障なんかしない!

ガス欠だ。中央道笹子トンネル内。渋滞の名所で 空いていたのは勿怪の幸い。信玄公の曰く「腹が減っては戦ができぬ。」 昔のバイクは重い。不動如山。
昔のバイクは部品一つ一つが凄く頑固にできている。スペースにも余裕がある。よく"訳知り"が「スズキのバイクは電気が弱い」と垂れるが、電装品等はどこのメーカーも同じ様なものを使っている。電装の部品が悪いワケではなく、艤装に多少問題があるというだけだ。導通よりも振動対策が重点なのがこの時代。その辺を対策すれば、一発始動・ウソみたいによく走るし、ライトも明るくなる。無暗にアフターパーツにせずとも 移動手段としてなら充分過ぎるほど使える。「低年式のノーマル」というヤツは、そういう自慢のネタにもなったりする。以前、カスタムに凝った時期もあったが、これはこのまま乗りたい…と思う。
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四輪
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クルマを買おうかと最近また考えはじめた。できれば軽乗用車。最近の用途不明なミニバンには興味が無いが、あまり古いのも手が掛る。自分のシュミ的には1980年代半ば~90年代くらいが好きだ値段も手頃。そのためかイベント会場で、シュミレーションというか妄想しやすいのも、このくらいの年式の軽自動車になってしまう。実際、この年代は極端に環境対策されていないため性能も良く、バブル期ということも手伝ってか作りも贅沢でコンセプトにも冒険心がある。
四輪イベントの会場にはこうしたコアな趣味の吾人も多く見ていて飽きない。吾人らの愛機を拝見しているとこちらも大いに妄想を駆り立てられ触手が動く。以下、イベント会場で拝見した軽自動車たち。
↓ライフ…だと思う。昔同じ名前の車に乗っていたが新型はよくわからない。高年式のミニバン型は私のような昭和の爺には全部同じに見える。

あうとさろーね会場でもよくお見受けするこの車両、今回はフェイトちゃんに的を絞ってらっしゃる。明らかに主人公より人気がある。
↓昔のライフ。KIZUNAの会場で見たオリジナルに近い状態。

新旧比べると昔のほうがカッコ良かった気がするのは我輩だけか? 同じなのはブランド名だけで、共通点は一切ない。欧州車のように無理をしても似たカタチのクルマを造ればもっと売れるんでないかい?
↓痛Gフェスタで見た550アルト。フロンテかもしれない。実はこの型大好き!。後々アルトワークスやハッスルにも派生する昭和の名車。

昔っぽいスターシャークのアルミやチンスポ、オイルクーラーなど当時モノをよく知る方のようだ。岐阜ではグレンラガンだったが、とにかく小技がすごい。今回は助手席に浮き袋にもなる等身大「オレの嫁」が乗車している…。
↓フロンテ・クーペは後に新規格でセルボになる。リアエンジンで狭いとは言え2×2(バイツー)の四名乗車のパッケージングはすごい。

2サイクル3気筒という旧車会が泣いて喜びそうなエンジン。 RRというとポルシェを思い出す。このパッケージングに比べたらカプチーノが普通のクルマに思えてしまう。やはり軽であっても2シーターでは用途が限られて商品性の点でマイナスだと思う。
これはミニカ…らしい。こちらも同じブランド名で形が変わるのでよくわからない。

エコノ550のインタークーラーターボが出た時は驚いた。ただすぐにもっと過激なアルトワークスが出て来た。三菱はミニカ・ダンガンで追い討ちを掛けたが…。
↓トゥディといえばこの型が思い浮かぶ。4WDなら欲しいと本気で思ってる。ていうか、このカタチ… オデッセイだな、と今見るとあらためて思ったりする。

車体といいIVORYのネタといい、かなりシブい処をしっかり押えていらっしゃる。
↓ダイハツは事実上トヨタの軽自動車部門。このミラというクルマはわかり易い。

ダイハツというブランド自体、何となく地味な感じがするが確かに造りがイイ。そういえばコペンという車は変り種だが よく見掛ける気がする。
私の自動車歴はライフ360という軽自動車を先輩から貰った時から始まった。このライフ、改造車だったため車検が来たら廃車にするのが条件だったので、わずか3ヶ月でスクラップになった。
次にスカイライン(ジャパン1800TI)を別の先輩から譲り受け2年乗った。就職してから3年程は自宅からの通勤だったのでバイクしか持って無かったが必要な時は親のカルタス(タチバージョン、ショパン、その他)を借りていた。ドミンゴというワンボックスを買ったが一年足らずでエンジンブロー。 その後ジムニー550に3年くらい乗り、次にMR2(AW11)を計3回車検を通した。MR2に乗っている頃から、バイクのトランポとして軽トラ2台と軽ワンボックス2台を次々乗り潰したが、箱軽のアクティは今でも持っている唯一の愛車。バイクは原付を含めると100台を越えるので憶えていないが、今は2台だけ。
実は普通車は3台しか乗った(所有した)ことがなく、他は軽自動車が6台。そのうちライフを除けば(バイクも)1980年代の物がほとんどだった。
物持ちが良いというのはケチなだけでは勤まらない。 ボロ車を押して歩く強靭な体力と精神が必要…というのは、今年の正月JAFのお世話になってあらためて身に染みた教訓。そんな時も車が軽だったのは救いだった。
車検のあるバイクと四輪を両方持つには、四輪を維持費の安い軽で我慢するしかない…というのが昔の考えだった。これは今でも変わらない。ただ「我慢している」わけではなくなってきた。我慢しなくて良くなった。最近の軽自動車はもはや安いだけの車ではない。需要がそうさせたのだろうが、性能も乗り心地もスタイルも必要にして充分満たされている。
…ただ、最近の車はどれも似過ぎてる。ミニバンばかりになってしまった。これは致し方ない。規格と要求性能が同じなら似たような物が出来上がる。容も性能も良いのに魅力が無い…というのは日本車に共通する悩みらしい。歌が上手いのに 売れない歌手みたいなものだ。だから若者まで尾崎豊を聞いていたりする。昔が良かったわけでもないが、平均的なのは退屈だ。企業は無難に儲けなければならない昨今、冒険心が無いのは致し方ない。これらは趣味性と矛盾するが 昔の様に「金もないのに車が欲しい!」と思わせる程の代物がないのも間違いない。
まあ、自分の場合は偏屈なだけかもしれないが…
四輪イベントの会場にはこうしたコアな趣味の吾人も多く見ていて飽きない。吾人らの愛機を拝見しているとこちらも大いに妄想を駆り立てられ触手が動く。以下、イベント会場で拝見した軽自動車たち。
↓ライフ…だと思う。昔同じ名前の車に乗っていたが新型はよくわからない。高年式のミニバン型は私のような昭和の爺には全部同じに見える。

あうとさろーね会場でもよくお見受けするこの車両、今回はフェイトちゃんに的を絞ってらっしゃる。明らかに主人公より人気がある。
↓昔のライフ。KIZUNAの会場で見たオリジナルに近い状態。

新旧比べると昔のほうがカッコ良かった気がするのは我輩だけか? 同じなのはブランド名だけで、共通点は一切ない。欧州車のように無理をしても似たカタチのクルマを造ればもっと売れるんでないかい?
↓痛Gフェスタで見た550アルト。フロンテかもしれない。実はこの型大好き!。後々アルトワークスやハッスルにも派生する昭和の名車。

昔っぽいスターシャークのアルミやチンスポ、オイルクーラーなど当時モノをよく知る方のようだ。岐阜ではグレンラガンだったが、とにかく小技がすごい。今回は助手席に浮き袋にもなる等身大「オレの嫁」が乗車している…。
↓フロンテ・クーペは後に新規格でセルボになる。リアエンジンで狭いとは言え2×2(バイツー)の四名乗車のパッケージングはすごい。

2サイクル3気筒という旧車会が泣いて喜びそうなエンジン。 RRというとポルシェを思い出す。このパッケージングに比べたらカプチーノが普通のクルマに思えてしまう。やはり軽であっても2シーターでは用途が限られて商品性の点でマイナスだと思う。
これはミニカ…らしい。こちらも同じブランド名で形が変わるのでよくわからない。

エコノ550のインタークーラーターボが出た時は驚いた。ただすぐにもっと過激なアルトワークスが出て来た。三菱はミニカ・ダンガンで追い討ちを掛けたが…。
↓トゥディといえばこの型が思い浮かぶ。4WDなら欲しいと本気で思ってる。ていうか、このカタチ… オデッセイだな、と今見るとあらためて思ったりする。

車体といいIVORYのネタといい、かなりシブい処をしっかり押えていらっしゃる。
↓ダイハツは事実上トヨタの軽自動車部門。このミラというクルマはわかり易い。

ダイハツというブランド自体、何となく地味な感じがするが確かに造りがイイ。そういえばコペンという車は変り種だが よく見掛ける気がする。
私の自動車歴はライフ360という軽自動車を先輩から貰った時から始まった。このライフ、改造車だったため車検が来たら廃車にするのが条件だったので、わずか3ヶ月でスクラップになった。
次にスカイライン(ジャパン1800TI)を別の先輩から譲り受け2年乗った。就職してから3年程は自宅からの通勤だったのでバイクしか持って無かったが必要な時は親のカルタス(タチバージョン、ショパン、その他)を借りていた。ドミンゴというワンボックスを買ったが一年足らずでエンジンブロー。 その後ジムニー550に3年くらい乗り、次にMR2(AW11)を計3回車検を通した。MR2に乗っている頃から、バイクのトランポとして軽トラ2台と軽ワンボックス2台を次々乗り潰したが、箱軽のアクティは今でも持っている唯一の愛車。バイクは原付を含めると100台を越えるので憶えていないが、今は2台だけ。
実は普通車は3台しか乗った(所有した)ことがなく、他は軽自動車が6台。そのうちライフを除けば(バイクも)1980年代の物がほとんどだった。
物持ちが良いというのはケチなだけでは勤まらない。 ボロ車を押して歩く強靭な体力と精神が必要…というのは、今年の正月JAFのお世話になってあらためて身に染みた教訓。そんな時も車が軽だったのは救いだった。
車検のあるバイクと四輪を両方持つには、四輪を維持費の安い軽で我慢するしかない…というのが昔の考えだった。これは今でも変わらない。ただ「我慢している」わけではなくなってきた。我慢しなくて良くなった。最近の軽自動車はもはや安いだけの車ではない。需要がそうさせたのだろうが、性能も乗り心地もスタイルも必要にして充分満たされている。
…ただ、最近の車はどれも似過ぎてる。ミニバンばかりになってしまった。これは致し方ない。規格と要求性能が同じなら似たような物が出来上がる。容も性能も良いのに魅力が無い…というのは日本車に共通する悩みらしい。歌が上手いのに 売れない歌手みたいなものだ。だから若者まで尾崎豊を聞いていたりする。昔が良かったわけでもないが、平均的なのは退屈だ。企業は無難に儲けなければならない昨今、冒険心が無いのは致し方ない。これらは趣味性と矛盾するが 昔の様に「金もないのに車が欲しい!」と思わせる程の代物がないのも間違いない。
まあ、自分の場合は偏屈なだけかもしれないが…