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火薬御飯

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静岡県西部の新たな法城「浜松東文化会館」の起工式が16日、浜松平和会館で晴れやかに開催された。 佐野総静岡長の経過報告、施工業者続き、畑東海道長が「新宝城の建設の喜びを胸に、わが地域に信頼と情を広げよう」と語った。終了後、建設予定地で鍬入れ式が行われ、渡辺総静岡総合長があいさつした。
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「先生、浜松へ来て下さい!」1969年(昭和44年)9月14日、東京信濃町の学会本部で行われた勤行会。終了後、名誉会長が「何でも質問して下さい。」と 呼び掛けた時のことである。 「浜松か。 浜松は大事なところだ…」。しばし黙考する名誉会長。そして、はっきりと言った。 「行くよ!」 大人たちには半信半疑の人もいたが、浜松の高等部は、その言葉を信じた。” 歌声で先生をお迎えしよう”と早速、歌の制作に取り掛かる。オリジナル曲「我等が誓い」がほどなく完成。放課後、公園に集まり、練習を始めた。そんな中、名誉会長の浜松訪問が決まる。
一高校生との約束は守られたのである。
 聖教新聞 2014年1月13日 「太陽の励まし・名誉会長と誓いの同志」 抜粋。

1969年(昭和44年)10月13日、「浜松の日」の淵源となった浜松市立体育館、浜松総合本部幹部会の席上、先生は、
①確信と団結の浜松たれ。
②目的高き浜松たれ。 
③守り励まし合う浜松たれ。 
④魔と戦う浜松たれ。
⑤功徳の春風の浜松たれ。
 の5つの指針を浜松の同志に送られている。

昭和32年3月14日、御逝去一年前の戸田先生は豊橋から帰京する途中停車した浜松駅で「浜松はきれいなだな。いいところだよ。浜名湖に宮城をつくろうじゃないか。」とおっしゃられた。翌昭和33年、戸田先生ご逝去から半年後の9月15日、池田先生は浜松を訪問。 男子部(女子部)第二十五部隊総会にて「浜松は因縁の深い、国土世間であります。広宣流布のときに浜松は大事な地域となるでしょう。 それだけに使命も大きい。なにより大御本尊がおわします県ではありませんか。それを自覚しなさい。」との指導。

昭和37年5月12日、浜松会館における落慶入仏式。さらに中部総支部大幹部会、池田先生は「船守弥三郎許御書」を講義。先生は「あいにくの雨だったが法華経は冬の信心であり、冬は必ず春となると三障四魔と戦っていくことは楽しいことである。5月12日は大聖人様が伊東に流された日だ。 どんなことがあっても必ず春はやってくるのだという戒めの日として頑張って欲しい。 『九扨の功を一貫に欠く』とあるが 何と言っても朝晩の勤行・唱題を数多くあげることである。 功徳を消していく一番の災いは怨嫉です。反対に信心を純粋にして人々を尊敬していく人は自分自身が楽しいし感激の信心即生活がしていける。」 と浜松の同志に指導された。

テーマ:創価学会・公明党 - ジャンル:政治・経済

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