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四輪
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1960年代に世界で最も高価な高級車はロールスロイス、もっとも安価な車はBMC・ミニ…という話題が福野礼一郎氏の記事にあった。共に英国製でほとんど形を変えず数十年に渡って作り続けられた伝統のブランド。

世界中のセレブと高級車の代名詞、ロールスロイス。パルテノン神殿を模したと云れるフロントグリルの上に通称フライングレディ(スピリット・オブ・エクスタシー)像。威厳の漂うオブジェを前面に配し威圧感を与えて庶民に道を開けさせるような面構え。ミニの愛らしく親しみ易そうな外観とは対照的に 実はソレが意匠上の安全対策にもなっているという。更に好奇心旺盛な子供でもいやがりそうな伝統の「オバケ」の車名。欧州の決して広くない街中で要人を安全かつ平穏に運ぶべく静かに睨みを利かせる。
ロールスもミニも今はBMW傘下の現行車だが最近の意匠のトレンドに則り現行の装備を盛り込みながら旧型のブランドイメージを巧く受け継いでいる…というのが福野の見解だったと思う。ホンダが最近これを取り入れようとしてイマイチ昇華できないのに比べ海外のデザインはコレが抜群に巧い。
個人的にスーパーカーとはSFと日常の間にあるモノだと思っている。富豪が買うのは節税対策。普段から乗るものでもない。エンツォも自社の車には乗らず普段はアウディに乗っていたという。エンツォとフェルッチオ・ランボルギーニは仲が悪くレーシングスポーツに対するスタンスが逆なのでスーパーカーの定義は曖昧になり易い。

ガヤルドの後継機となるウラカンはムルシエラゴ似の気もする。ムルシエラゴは初代カウンタック同様の構造の手間隙掛かった本格派だったがウラカンはガヤルドと同じくアウディがベースと思われる。捨てるほど金があったら、一台買って床の間に飾っておくのも良いかもしれない。欲しいのはこのスタイルであって中身が何だろうと関係ない。

フェラーリGTC4ルッソは4シーターになっている。パナメーラよりもGT-R辺りを意識しているかのようだ。ランボルギーニもフェラーリも、プレミアム・モデルやホモロゲ・モデルは定期的に作るだろうから、量産型が鈍らになってもブランドイメージは変わらない。F12ベルリネッタ似なのも上手い。フェラーリは技術よりもブランドイメージで商売にしている。

F1もホンダも昔の面影もないがロン・デニスはがんばっていた。F1GTRの後はメルセデスSLRのような作り方をするのかと思ったら ロードカーもしっかり出してきた。景気悪化の中にあってクライスラーとの提携など問題もあったが、ちゃんと新型を開発。ロン・デニスやっぱスゴい。
クライスラーやカマロなど 最近のマッスル系アメ車は国内でもよく見掛けるようになったし違和感もない。60~70年代のムダにデカく北米大陸以外走れないような、いわゆる「アメ車」は鳴りを潜める、世界標準に収まっている。往年のアメ車イメージはそのまま日本でも普通に走れる。

入り口付近に鎮座したSUVテスラ・モデルⅩ。ニュースでちょっと見たことがある。創立者はスペースX社も兼ねるイーロン・マスクCEO。アメリカン・ドリームを地で行くような事業家だがこのクルマが日本でウケるかどうかはまた別問題。過去に「日本車キラー」との振れ込みで華々しく登場したが戦わずし惨敗したクライスラー・ネオンなんて車もあった。日本人の嗜好がわかっていなかったようだが米国人が日本をどう見てるかわかった気がした。
ハイブリッドは趣味的には全く「NO」だが電気自動車はあってもイイと思っている。近年ガススタと閉店が多く田舎は深刻だ。だが田舎は昔からの道が狭く最近のムダにデカい車は古い車庫に入れないとか角を曲がれないなんて話が実際にある。こうした単価の安い仕事はメーカーも役所もあまり積極的でない。製造コストばかり考え海外の規格に合わせると、車がデカくなる。日本車が大きくなり過ぎて乗りにくくなった要因。

世界中のセレブと高級車の代名詞、ロールスロイス。パルテノン神殿を模したと云れるフロントグリルの上に通称フライングレディ(スピリット・オブ・エクスタシー)像。威厳の漂うオブジェを前面に配し威圧感を与えて庶民に道を開けさせるような面構え。ミニの愛らしく親しみ易そうな外観とは対照的に 実はソレが意匠上の安全対策にもなっているという。更に好奇心旺盛な子供でもいやがりそうな伝統の「オバケ」の車名。欧州の決して広くない街中で要人を安全かつ平穏に運ぶべく静かに睨みを利かせる。
ロールスもミニも今はBMW傘下の現行車だが最近の意匠のトレンドに則り現行の装備を盛り込みながら旧型のブランドイメージを巧く受け継いでいる…というのが福野の見解だったと思う。ホンダが最近これを取り入れようとしてイマイチ昇華できないのに比べ海外のデザインはコレが抜群に巧い。
個人的にスーパーカーとはSFと日常の間にあるモノだと思っている。富豪が買うのは節税対策。普段から乗るものでもない。エンツォも自社の車には乗らず普段はアウディに乗っていたという。エンツォとフェルッチオ・ランボルギーニは仲が悪くレーシングスポーツに対するスタンスが逆なのでスーパーカーの定義は曖昧になり易い。

ガヤルドの後継機となるウラカンはムルシエラゴ似の気もする。ムルシエラゴは初代カウンタック同様の構造の手間隙掛かった本格派だったがウラカンはガヤルドと同じくアウディがベースと思われる。捨てるほど金があったら、一台買って床の間に飾っておくのも良いかもしれない。欲しいのはこのスタイルであって中身が何だろうと関係ない。

フェラーリGTC4ルッソは4シーターになっている。パナメーラよりもGT-R辺りを意識しているかのようだ。ランボルギーニもフェラーリも、プレミアム・モデルやホモロゲ・モデルは定期的に作るだろうから、量産型が鈍らになってもブランドイメージは変わらない。F12ベルリネッタ似なのも上手い。フェラーリは技術よりもブランドイメージで商売にしている。

F1もホンダも昔の面影もないがロン・デニスはがんばっていた。F1GTRの後はメルセデスSLRのような作り方をするのかと思ったら ロードカーもしっかり出してきた。景気悪化の中にあってクライスラーとの提携など問題もあったが、ちゃんと新型を開発。ロン・デニスやっぱスゴい。
クライスラーやカマロなど 最近のマッスル系アメ車は国内でもよく見掛けるようになったし違和感もない。60~70年代のムダにデカく北米大陸以外走れないような、いわゆる「アメ車」は鳴りを潜める、世界標準に収まっている。往年のアメ車イメージはそのまま日本でも普通に走れる。

入り口付近に鎮座したSUVテスラ・モデルⅩ。ニュースでちょっと見たことがある。創立者はスペースX社も兼ねるイーロン・マスクCEO。アメリカン・ドリームを地で行くような事業家だがこのクルマが日本でウケるかどうかはまた別問題。過去に「日本車キラー」との振れ込みで華々しく登場したが戦わずし惨敗したクライスラー・ネオンなんて車もあった。日本人の嗜好がわかっていなかったようだが米国人が日本をどう見てるかわかった気がした。
ハイブリッドは趣味的には全く「NO」だが電気自動車はあってもイイと思っている。近年ガススタと閉店が多く田舎は深刻だ。だが田舎は昔からの道が狭く最近のムダにデカい車は古い車庫に入れないとか角を曲がれないなんて話が実際にある。こうした単価の安い仕事はメーカーも役所もあまり積極的でない。製造コストばかり考え海外の規格に合わせると、車がデカくなる。日本車が大きくなり過ぎて乗りにくくなった要因。