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1951年(昭和26年)7月11日、東京・西神田の旧学会本部で行われた男子部結成式に集ったのは約180人の精鋭。戦争終結から6年。未だ混迷と荒廃の時代、真に僅かな勢力の中で師弟不二の男子部は出発しました。

その男子部結成の日を記念する 2018年「世界広布新時代栄光の年」上半期の決着点 「全国男幹」全国男子部幹部会が間近に迫って参りました。昔のような大結集のお祭り騒ぎではなく 地域や職場で着実な実証と拡大を持って集い会う場となってきました。世の中の急速な進展が多様性と同時に格差や孤立化の弊害も生む昨今。そうした中で精神性が尊ばれるようになった社会は 我々にとって寧ろ好機到来。確かな哲学と信仰を体現し 現実社会に行使していきたいと思います。
世間では 空論や絵空事を唱え続けることを 「お題目」と揶揄することがあります。一方で 「口に出して」理想を語って見せる行動が 思念に伝わり具現化するという現象も数多く報じられています。常に行動とその成果を求められるのが職場であり現実社会。決意や目標だけならインターネットで事足りる情報社会に埋没せぬよう 地味で愚直な利他の行動を淡々と示していける壮年でありたいと思います。

或いは10年20年前に比べ インターネットなど情報通信の手段は爆発的に進歩したかもしれません。生来 面倒臭がりの私にとっては恩恵の大きい時代になったと思います。しかし本年のSGI記念提言の中でも述べられている通り 人の繋がりは寧ろ希薄になり逆に情報発信の弊害が顕著になっているのも確か。真に心豊かな時代になったかと言えば諸手を上げて賛成とも思えません。私も「悪意の書き込み」など随分と頂戴しています。軽はずみな言動が熟慮せずに誰にでも発信できる。人の口に戸は立てられません。しかし正法を知る我々は 人を利するにつけ害するにつけ それらは全て自らの命に刻まれ 翻って自らを飾り または毒することもよく知っています。これは因果応報として世間でも知られているところです。
時代の流れは早く 溢れ返る情報の中で自らを律すると言っても それがなかなか難しい。それが出来たら苦労はない。これは私もよく実感しています。だから学会の組織がある。様々な人間が集まって時に煩わしいと思うかもしれませんが今時お金のためでも地位や名誉でもなく同じ目標に向って自分を鍛える修行の場は他に望むべくもありません。情報に翻弄されない確かな自分を作り上げて参ります。

私事ですが この歳になって初めてインフルエンザを経験しました。勤務中に急に発症。体温を測ったら38℃以上あり 立っていることもできません。仕事場で横になったまま同僚にも構わず題目を上げ始めましたが一分と続きません。子供の頃から丈夫で同年代の中では抜きん出て健康と思っていた私にとって 少々の発熱も辛く恐ろしい体験でした。病院から帰っても とても「獅子吼の如き」題目は上がらず 自分の弱さを思い知らされます。時々思い出したように寝たまま題目を上げたり。こんな時に唱題会があってくれたら 這ってでも行って 聞いているだけでもいい…。学会の会合が妙に懐かしく またありがたいものだと実感させられました。

その男子部結成の日を記念する 2018年「世界広布新時代栄光の年」上半期の決着点 「全国男幹」全国男子部幹部会が間近に迫って参りました。昔のような大結集のお祭り騒ぎではなく 地域や職場で着実な実証と拡大を持って集い会う場となってきました。世の中の急速な進展が多様性と同時に格差や孤立化の弊害も生む昨今。そうした中で精神性が尊ばれるようになった社会は 我々にとって寧ろ好機到来。確かな哲学と信仰を体現し 現実社会に行使していきたいと思います。
世間では 空論や絵空事を唱え続けることを 「お題目」と揶揄することがあります。一方で 「口に出して」理想を語って見せる行動が 思念に伝わり具現化するという現象も数多く報じられています。常に行動とその成果を求められるのが職場であり現実社会。決意や目標だけならインターネットで事足りる情報社会に埋没せぬよう 地味で愚直な利他の行動を淡々と示していける壮年でありたいと思います。

或いは10年20年前に比べ インターネットなど情報通信の手段は爆発的に進歩したかもしれません。生来 面倒臭がりの私にとっては恩恵の大きい時代になったと思います。しかし本年のSGI記念提言の中でも述べられている通り 人の繋がりは寧ろ希薄になり逆に情報発信の弊害が顕著になっているのも確か。真に心豊かな時代になったかと言えば諸手を上げて賛成とも思えません。私も「悪意の書き込み」など随分と頂戴しています。軽はずみな言動が熟慮せずに誰にでも発信できる。人の口に戸は立てられません。しかし正法を知る我々は 人を利するにつけ害するにつけ それらは全て自らの命に刻まれ 翻って自らを飾り または毒することもよく知っています。これは因果応報として世間でも知られているところです。
時代の流れは早く 溢れ返る情報の中で自らを律すると言っても それがなかなか難しい。それが出来たら苦労はない。これは私もよく実感しています。だから学会の組織がある。様々な人間が集まって時に煩わしいと思うかもしれませんが今時お金のためでも地位や名誉でもなく同じ目標に向って自分を鍛える修行の場は他に望むべくもありません。情報に翻弄されない確かな自分を作り上げて参ります。

私事ですが この歳になって初めてインフルエンザを経験しました。勤務中に急に発症。体温を測ったら38℃以上あり 立っていることもできません。仕事場で横になったまま同僚にも構わず題目を上げ始めましたが一分と続きません。子供の頃から丈夫で同年代の中では抜きん出て健康と思っていた私にとって 少々の発熱も辛く恐ろしい体験でした。病院から帰っても とても「獅子吼の如き」題目は上がらず 自分の弱さを思い知らされます。時々思い出したように寝たまま題目を上げたり。こんな時に唱題会があってくれたら 這ってでも行って 聞いているだけでもいい…。学会の会合が妙に懐かしく またありがたいものだと実感させられました。