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アニメ・特撮・映画
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特撮ヒーローがオートバイに乗るのはお約束。でも自動車に乗るヒーローもいた。これはいわゆる脱定番で作品自体にもユニークな要素が多い。私的に覚えている限りリアルタイムで見ていたいちばん古いヒーローは「ロボット刑事K」だ。タイトルは「ロボット刑事」(1973)。「K」は付かない。K専用の愛車「ジョーカー」はOPの歌詞にも出てくる濃い相棒。

1970年の万博に行ったのを憶えていないが、ロボット刑事Kは覚えているので微妙なところ。仮面ライダーの放送は1971年からだが例によって静岡は放送が遅く東京より半年遅れだったと思う。Kは変身こそしないが戦闘モードに入る時、ブレザーを脱ぎ捨てると機械のボディが現れる。これが子供達の間で流行った。当のジョーカーは車体後半が開いて翼状に変形し歌の文句の通り「空を飛ぶ」。もっぱら犯罪組織バドーのロボットが暴れる現場に急行する移動手段に使われ、ジョーカー自体が戦闘に参加することはない。ベースはトヨタスポーツ800で、ちょうど初期のスーパーカーブームと被ったおかげで注目度が高く、街中でも時々見掛けた気がする。当時は仲間内に必ず何人か「スーパーカー少年」というヤツがいて滔々と説法を聞かされたため、すっかり四輪に興味が失せていた。
ウルトラセブン(1967)は再放送で見たため時系列が入れ替わるが、ウルトラ警備隊の装備車両「ポインター」は当時からミニカーやプラモで大流行りしたうえに今でもレプリカをイベント会場等で目にする機会も多い。

ウルトラマンシリーズも二作目ということで特撮や大道具の質も更に上がって、良い意味でオトナの目にも耐えうる完成度の高い作品に仕上がっている。ウルトラマンの科学特捜隊がシボレー・コルベット1964年型をそのまま使っているのに対し、ポインターは1957年型クライスラー・インペリアルを大改造。それでも4ドアで隊員全員が乗車できる。それでいてこの低く構えたシルエットはやはりアメ車ベースの成せる技。作品的にも、あたかも宇宙人の視点から見た地球上の社会問題でも扱った様な名脚本が盛り込まれ、今も何かと物議を醸す。正直、子供の頃は見ていて怖かった。
今では単一ブランドから抜け出せなくなったウルトラマンと仮面ライダーだが、創造主の円谷英二氏と石ノ森章太郎先生がご健在の頃は、惜しげもなく次々と新しいヒーローを登場させた。シリーズもののサガとはいえ、この果てしない挑戦は今こそ真の原点回帰すべき昭和の熱きスピリッツだと思う。イナズマンは石ノ森先生のライフワークのとも言うべき「孤高の超能力者」がテーマ。特撮の質も高く、重厚なストーリーの名作だ。

ここで石ノ森先生はバイクに乗るヒーローと差別化を図るため敢えて四輪を登場させたのではないかと思う。 イナズマン渡五郎 は正体を隠したヒーローではなく作中の正義の組織「少年同盟」の中心的な人物としてメンバーと協調して「新人類帝国」に挑む。ちょうどユリ・ゲラーとかスプーンを曲げただけで超能力と称するピン芸人が大人気を博した時期と重なり、ストーリーに妙な説得力を持たせていた。少年同盟の装備品として登場するライジンゴーは(栃木や茨城の自家用車風だが)石ノ森先生らしい「顔」のあるメカデザイン。口にあたるフロント部分が開いてミサイルを発射する。これはミニカーや玩具にも再現され子供の遊び心を刺激する楽しい仕掛けだった。ベースはいすずベレットらしいが見事な変貌ぶりだ。
さいとうたかを先生の原作を大幅に変更して特撮ヒーロー化した「バロム1」(1972)は見ていた当時から子供心に「仮面ライダーに似てる」と思っていた。制作やスタッフが一部被っているためだが、寧ろ路線の違いを明確化している。その一つがバロム1の乗るマシン「マッハロッド」だ。

劇中ではベースの違うAタイプBタイプの2種があり、Aタイプはベースがフェアレディ。Bタイプはサニトラで、ノーズ部分の形に違いが見られる。おそらくヘッドライトが内蔵されたAタイプが公道用、Bタイプが不整地用で、そのため採石場のような荒地も軽快に走り回る。バロム1と言えば、放送禁止級のグロテスクな怪人(ドルゲ・エージェント)が有名だが、特撮ドラマでは毎回手を変え品を変えヒーローに挑む怪人・怪獣達も子供達の人気を集め、ブルマァクやポピーのソフビがバカ売れした。
ジャンボーグA(1973)は、ウルトラマンタロウやファイヤーマンと同期で、ミラーマンのスタッフが制作、一部設定を引き継ぐなど、他社の猛追を受けながらも第二次怪獣ブームを牽引する円谷プロの激しい仕事ぶりが伺える。1972年末にはマジンガーZも放送開始。どこのご家庭も子供(兄弟)の人数が多く、高齢者が(ご遺族で)裕福だったおかげで、関連グッズ(玩具他)の販売が絶好調。供給側が需要に追い掛けられるご時世だった。

中盤にジャンボーグAの代替機として登場するジャンボーグ9は、主人公立花ナオキが身内から借金をして購入したホンダ・Zをエメラルド星人が密かに改造。グロース星人の怪獣ロボット・ジャンキラーとの闘いで大破したAに替わってリベンジを果たす。ジャンボーグ9とマジンガーZはほぼ同時期に「搭乗型ロボット」の元祖を確立。その臨場感は、鉄人28号(1956年)やジャイアントロボ(1968年)のような遠隔操縦型をはるかに上回った。マジンガーZ(1972年10月少年ジャンプ連載開始)がやや先行するが、ジャンボーグA(1973年1月放送開始)は、大型スクリーンに映し出される敵影に対しモーションキャプチャーのような方法で操縦する点が先進的。Gガンダム(1994年)では同じ操縦方法をモビルトレースシステムと呼称した。
ウルトラシリーズ第二期はウルトラマンタロウ(1973)で最高潮を迎え、次作レオで幕引きを迎える。以後、特撮作品は急に下火びなるが、これにはオイルショック(1974)による着ぐるみ等の製作費の高騰に原因があった。ただシリーズや派生の息切れ感も否めない。第一期の実相寺監督の影響力が薄れ、作風が迷走しはじめたのも事実だ。

シリーズ中でも特に山盛り感の強いZATウルフ777。特撮マニア諸兄の評価は知らないが、名前も昔のラブホみたいだしデザインもケバケバしい。ベースはS50クラウン。思うに特撮作品の架空の生物やメカは、着ぐるみのリサイクルなど原型を生かしながらも、全く異なる形態に違和感なく移行させてしまうところが、デザイナーの手腕だと思う。生物も乗り物も、過去の何かの進化形であり、一均整のとれた完成形であるべきだ。ただ「取って付けた」手法は素人がやることでB級臭が漂う。無論これは年老いたマニアの意見で、当時の子供達は喜んでいたかもしれない。視聴対象者が喜んで関連商品が売れれば、それに勝る正義はない。
刑事ものやスパイアクションが大流行だった70年代、他社に負けじと日活(笑)が制作したやや大人向けアクションドラマが「電撃ストラダ5」(1974年)。「ダイヤモンド・アイ」(1973年)の後番組ということでいちおう特撮枠に入ると見られている。

特撮ドラマとするなら複数ヒーローという点では「秘密戦隊ゴレンジャー」(1975年)に先行するが、キャラクターや設定が中途半端で、子供から支持されるには至らなかった。アクションやアイテムはそれなりのレベルだったと思うが、制作側の都合で僅か13話で終了。当時の放送局や番組制作の慌ただしさを伺わせる。
仮面ライダーを始めとするヒーローの武器は、ほぼ素手技か近接戦用の小火器のみ。だから敵が大型化(ジャイアントデビル、キングダーク)すると見ている子供達にも緊張感が走る。更に道路状況が悪く交通戦争と呼ばれた70年代に車は走る凶器。子供の脳裏に二重の恐怖と不安が過った。

怪人の胴体から下は自動車とわかっても当時のインパクトは大きかった。Σ団のロボット軍団の中でも装輪式の大型メカ・デスガンダー。この大胆さがピープロ伝説。ベースはジャンカーZと同じホンダ(旧)Zで荒地でも小回りが利き、ロボット形態で動きのにぶい電人ザボーガー(1975年)を苦戦させた。
スーパー戦隊シリーズ2作目にあたる「ジャッカー電撃隊」(1977)には4人の戦士に一人一台(笑)づつクルマやオートバイが割り当てられる。OPのカーアクションが派手で各車デザインも良いのは、大人も巻き込んだスーパーカーブーム(1975~1978年)の影響がある。

ただ大人気を博した1作目「ゴレンジャー」(1975~1977年)に比べると、作風がやや暗く大ヒットには至らなかった。3作目のバトルフィーバーJ(1979)以降は巨大メカが登場する現設定が完成し、ヒーローの乗る車やバイクの存在感が希薄化していく。
マジンガーZ(1972年)以降ブームに沸くロボットアニメに実写で挑んだ「大鉄人17」(1977年)は、制作やスポンサーの要求を高い次元で両立させた石ノ森先生の受容力の高さを垣間見る傑作。因みに前作「宇宙鉄人キョーダイン」(1976年)も特撮技術もドラマ性も円熟期を感じさせる名作。放送時間はTBS金曜7時というゴールデンタイム。

ワンセブンの内蔵メカの一つで、ワンセブン自身の内部のファクトリーで作られ、操縦者の三郎少年に送られた。行動中のワンセブンを追尾するために用いられるためデザインはやや大雑把だが玩具の売れ行きは悪くなかったようだ。ベースは不明だがゴルフカートのような小型の乗り物らしい。それでも自衛隊と共に演習場内でも走れる性能があった。
1980年、前年から始まった「機動戦士ガンダム」は低視聴率で打ち切りになったものの、ガンプラは確実に売れ始めていた。オイルショックの影響から中断していた2大シリーズが新作で登場した。(新)「仮面ライダー」(スカイライダー)とウルトラマン80だ。

仮面ライダーはシリーズ唯一空を飛ぶため乗り物の出番がなく、ウルトラマン80は流行りの「学園ドラマ」要素が入ったため、防衛組織のUGM(アルティメット・ガバメント・メンバーズ)の存在が薄い。半面UGMの装備車両スカウターS7のベースは初代RX-7と、国産車の復興を象徴する名車が奢られていた。(新)仮面ライダーとウルトラマン80は低調に終わるが、翌年には初代メタルヒーロー「宇宙刑事ギャバン」が控えていた。
80年代に入ると日本車も海外勢を脅かすほどの性能とスタイリングを持ち始め、普段はほぼそのまま、有事のみ変形する手法や、レスキューポリスシリーズ(1990年~1993年)では赤色灯を載せてエンブレムのみのそのままパトカー仕様で用いられる。

レンタルビデオの普及からOVAなど活況を呈すアニメに対し劣勢は否めないが、そこはバブル期。スポンサーも奮発して製作費を掛けた良作も多数。「超人機メタルダー」は変身前はファミリアBD型ハッチバックそのままのメタルチャージャーと変身後はオートバイのサイドファントムを使い分ける贅沢設定。これはスポンサー(マツダ)にも利が大きい。メタルチャージャーはフロントとボディサイドが変形して飛行形態になるトランスフォーマーのようなギミックが玩具でも楽しめた。
1980年代、旧態依然とした体質の日本映画界や配給会社に代わって、スケールの大きさから割安感さえ出てきたハリウッド映画が、家庭用録画機やレンタルビデオの普及と共に人気を獲得。海外の特撮技術(SFX)が流入すると洋画に比肩するに足る国産も現れる。モータリゼーションは海外のほうが先を行くためカーアクションはB級扱いだったが、その中から「マッドマックス」のような低予算・高収入作品や「ナイトライダー」(1982~1986)のようなテレビドラマ。国内では西部警察シリーズ(1979年~1984年)等。果ては無数のOVAまで、実車改造のスペシャルマシンの大立回りは大人になった特撮世代を釘付けにした。

カーアクションの名監督の一人ハル・ニーダムの「メガフォース」(1982)は特殊部隊が敵を打ちのめす鉄板設定だが、ミリタリーよりもカースタントがメイン。装備車両は「無音走行機能」を持ち敵地に近づくと走行音を消して気付かれぬまま奇襲する。こんな夢のスペシャリティーがテロ組織やモンスターを撃破する単純明快なアクション映画はB級とわかっても何本見ても飽きない。俳優の熟練度と爆薬の量が今とは比較にならないからだ。
ジャパニメーションが海外を席巻する中でも、復興を遂げる銀幕の名車もある。アストンマーチンは一時はBMW等に奪われた007主役の座をDB10で取り返した。

MI6のマッドサイエンティスト「Q」が作るボンド・カーは、いつの時代も世界中のカーマニアの憧れだ。映画の起用が販売に結びつくかは微妙だが、海外にはこんな頑なな欧州ブランドに喜んで大枚を叩く富豪もいる。フィクションだからこそボンド・カーは常に孤高であってもらいたい。
平成仮面ライダーでも異色の「仮面ライダードライブ」(2014年)ではプレミアム級のスポーツカーが投入され、クルマ離れの若者や子供達よりも、昭和の「変身ブーム」に慣れ親しんだ大人達が驚いた。ホンダは何を血迷ったかドライブの愛車トライドロンのベースはNSXだ。

その他、劇場版に登場するダークドライブにはメルセデスAMG-GTベースの「ネクストトライドロン」まで起用。しかもこのAMGは日本上陸一号車ということで、そちらのほうが話題になった。自動車業界も形振り構っていられない。スポンサーの目論見がどのていど達成したかは不明だが、主人公ドライブの竹内涼真君はその後「下町ロケット」(2015年)や「テセウスの船」(2020年)等にも出演。厳しい芸能界で順当に出世している。
前述通り、ウルトラマンや仮面ライダーは子供世代のモノであって、歳を食った往年のマニアが口を挟むべきではない。ただウルトラマンに関しては、ややレジェンドが過ぎる気がする。

防衛組織の車両もついに電気自動車。歴代車両の中には設定上(公然と)核燃料を使うマシンもあったので、時代の要請には逆らえない。怪獣ブーム(1971~1974年)やスーパーカーブーム(1975~1978年)、その後はガンプラやミニ四駆をリアルに体験した歴史の生き証人達は、未来を生きる次世代を寧ろ温かく見守ってほしい。