Category :
オートバイ
tag :
tag :
昔のバイク雑誌というのはバイクのインプレやツーレポは当然としても、当時全盛だったバイクチームやそのメンバーを紹介する記事が溢れて楽しかった。今はプライバシーや個人情報の扱いが厳しくなったことやマスコミの権力が下がったことで、ライターが敬遠するようになったのだろう。
全国に数多存在したチームの中で、何かと有名だったのが横浜ケンタウロス(MC KENTAUROS)。伝説的なバイクチームだが、私の知人にも2名ほどこのMCケンタウロスの定例会に通っている奴等がいて私も度々誘われた。
興味はなかったが一度も見ないままで評価もないので、一度くらいは行ってやろうと思っていた。結局行かず仕舞いだったので画像は私のバイク。

たぶんこんな年式のバイクが集まっていたのかと思う。当時その参加者や訳知りから聞いた話でも、昨今の2チャンネラーが捲し立てるような団体ではなく少々粗暴に見えても当事者は喜んで参加していたと思う。前述の通りバイク乗りが集まったチームは老若男女・古今東西、全国に数多あったはずで、何も愚連隊を組織するわけでなく、今ほど情報手段が無かった時代は(物理的に)何処かに集まって情報交換や交流を図ったということだ。
ところで私が知っていたケンタウロス参加者は、まだ「カンバン」をもらえない丁稚メンバーで上納金を収めていたらしい。これは別の友人がその参加者から聞き出した話だ。この上納金制度が後に暴力団や宗教団体に准えて、ケンタウロス批判を浴びる元になっているが、有志が希望して参加費を払うのは自由意志だし、大所帯になれば運営にもそれなりの費用が掛かる。それを外野がケチ付けるのは全くのお門違いというものだと思う。
その参加者2人は「カンバン」欲しさに上納金を携えて足しげく通ったわけで、「カンバン」のブランド料を払っていたとなれば何の問題もない。私はカネを払ってまで「カンバン」付きGジャンベストを欲しいとは思わないが、彼等にとっては(上納金を)払う価値のある対価だったということだ。
今ではいろいろと問題になろうが昭和の頃はそれが上納金であれ見ヶ〆料であれ特に珍しい風習でもなかった。その配下に着いた者にはメンバーであることを誇れる「カンバン」は心強く有り難いモノだったに違いない。
その手の集会で、メンバーの中でも位の低い丁稚やパシリが「カンパ」と称して参加者から「お気持ち」を頂戴して歩く姿はよく目にしたものだ。
因みに私が所属する某チームでは一度も金を取られたことがない。当り前のようだが当時メンバー募集で会費を提示したり逆に参加無料を唱ったりすることは珍しくなかった。要するに金を徴収するのが寧ろ普通の状態。
例えば暴力団やその息の掛ったグループが配下の者から上納金を徴収し、その見返りに団体やグループ、その首謀者の名前の使用を認める…といった事象はそこらじゅうにあった。配下の者は名前を借りて守ってもらえる…といった、何というか極端に程度の低い保険制度のような機能だ。
安っぽい制度だが、実は田舎には同じ事象が今だに存在し、犯罪者が宗教団体や政治家の後援会に入会して庇護を受ける事案だ。宗教団体や講演会の加入は原則「審査」や加入条件が緩く任意のため犯罪者に悪用されやすい。こうした事案は現在も横行しているが趣旨が違うため別項に譲る。
長文になったので自分のバイク(原付)の画像を挟む。本稿とは関係ない。

もちろん手前が私のバイク。ケンタウロスにH2に乗る人がいるかは不明。
…というかそういう人種が集まるところではなかったように思う。ただし当時(80年代)いわゆるネームバリューとか知名度は絶大で、半ば都市伝説のような存在になって尾ヒレが付いて広がった所もあったかもしれない。
そんな部分も含めて、ある種の人達にはその存在や行動様式が惹き付けて止まないものがあったことは確かだ。私にはちょっと理解できなかったが、別にどうしても理解する必要もなければ今さら批難する道理もない。
当時全国各地に合った同様のモーターサイクルクラブも、このケンタウロスをフォーマットやベンチマークにしてできたものが多いと聞いた。地域によっては横浜まで通うのが大変で、地元で似たようなクラブを作ろうとしたのは、ある意味で正しい選択だと思う。有志の集りといっても、ケンタウロスはかなりしっかりした手続きを取って登記されていたと聞いた。
全国に数多存在したチームの中で、何かと有名だったのが横浜ケンタウロス(MC KENTAUROS)。伝説的なバイクチームだが、私の知人にも2名ほどこのMCケンタウロスの定例会に通っている奴等がいて私も度々誘われた。
興味はなかったが一度も見ないままで評価もないので、一度くらいは行ってやろうと思っていた。結局行かず仕舞いだったので画像は私のバイク。

たぶんこんな年式のバイクが集まっていたのかと思う。当時その参加者や訳知りから聞いた話でも、昨今の2チャンネラーが捲し立てるような団体ではなく少々粗暴に見えても当事者は喜んで参加していたと思う。前述の通りバイク乗りが集まったチームは老若男女・古今東西、全国に数多あったはずで、何も愚連隊を組織するわけでなく、今ほど情報手段が無かった時代は(物理的に)何処かに集まって情報交換や交流を図ったということだ。
ところで私が知っていたケンタウロス参加者は、まだ「カンバン」をもらえない丁稚メンバーで上納金を収めていたらしい。これは別の友人がその参加者から聞き出した話だ。この上納金制度が後に暴力団や宗教団体に准えて、ケンタウロス批判を浴びる元になっているが、有志が希望して参加費を払うのは自由意志だし、大所帯になれば運営にもそれなりの費用が掛かる。それを外野がケチ付けるのは全くのお門違いというものだと思う。
その参加者2人は「カンバン」欲しさに上納金を携えて足しげく通ったわけで、「カンバン」のブランド料を払っていたとなれば何の問題もない。私はカネを払ってまで「カンバン」付きGジャンベストを欲しいとは思わないが、彼等にとっては(上納金を)払う価値のある対価だったということだ。
今ではいろいろと問題になろうが昭和の頃はそれが上納金であれ見ヶ〆料であれ特に珍しい風習でもなかった。その配下に着いた者にはメンバーであることを誇れる「カンバン」は心強く有り難いモノだったに違いない。
その手の集会で、メンバーの中でも位の低い丁稚やパシリが「カンパ」と称して参加者から「お気持ち」を頂戴して歩く姿はよく目にしたものだ。
因みに私が所属する某チームでは一度も金を取られたことがない。当り前のようだが当時メンバー募集で会費を提示したり逆に参加無料を唱ったりすることは珍しくなかった。要するに金を徴収するのが寧ろ普通の状態。
例えば暴力団やその息の掛ったグループが配下の者から上納金を徴収し、その見返りに団体やグループ、その首謀者の名前の使用を認める…といった事象はそこらじゅうにあった。配下の者は名前を借りて守ってもらえる…といった、何というか極端に程度の低い保険制度のような機能だ。
安っぽい制度だが、実は田舎には同じ事象が今だに存在し、犯罪者が宗教団体や政治家の後援会に入会して庇護を受ける事案だ。宗教団体や講演会の加入は原則「審査」や加入条件が緩く任意のため犯罪者に悪用されやすい。こうした事案は現在も横行しているが趣旨が違うため別項に譲る。
長文になったので自分のバイク(原付)の画像を挟む。本稿とは関係ない。

もちろん手前が私のバイク。ケンタウロスにH2に乗る人がいるかは不明。
…というかそういう人種が集まるところではなかったように思う。ただし当時(80年代)いわゆるネームバリューとか知名度は絶大で、半ば都市伝説のような存在になって尾ヒレが付いて広がった所もあったかもしれない。
そんな部分も含めて、ある種の人達にはその存在や行動様式が惹き付けて止まないものがあったことは確かだ。私にはちょっと理解できなかったが、別にどうしても理解する必要もなければ今さら批難する道理もない。
当時全国各地に合った同様のモーターサイクルクラブも、このケンタウロスをフォーマットやベンチマークにしてできたものが多いと聞いた。地域によっては横浜まで通うのが大変で、地元で似たようなクラブを作ろうとしたのは、ある意味で正しい選択だと思う。有志の集りといっても、ケンタウロスはかなりしっかりした手続きを取って登記されていたと聞いた。
テーマ:暴走族・族車・改造車・特攻服動画 - ジャンル:車・バイク