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火薬御飯

Category :  アニメ・特撮・映画
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 不登校やニートなんかが主役じゃあ世の中オシマイだ(笑)。ヤンキーが主人公というのがいかにも往年の少年漫画っぽい。だが今はネット時代。欲求不満が溜まりまくった不登校やクズニート共が「暴力だ!」とか匿名でクレームを付ける。それを「タイムリープ」を主題に代え、見事かわすのに成功した。久々に漢臭いリアルガチバイオレンス青春群像の名作だ。
東京卍リベンジャーズTokyo Revengers도쿄 리벤저스東京卍復仇者طوكيو ريفينجرز REDWINGS‐RPP「魔輝屋」あんだあ☆びれっじKANERU-S火薬御飯animateアニメイト静岡PARCO店
 中学生のスタイルが懐かしい。舞台は2017年から2005年にタイムリープするんだが、実際こんな中坊や半グレがいるわけじゃない。ただヤンキーのスタイルやバイクの車種まで各時代のいちばんオイシイ所を「イイトコ取り」した設定が楽しい。こういう作品に経験者が四の五の言うのは愚の骨頂。だって例えばリアルニートの生態なんて普通は知らないし知りたくもない。フィクションだから必ずしも正確でなくても、雰囲気が伝われば良い。作中で描かれるのは古典的な男の美学。悪戦苦闘して強敵に抗う(最近少ない)若者の姿だ。マンガは大ヒットしたのにアニメ化の気配もなかった「特攻の拓」のようなノリ。ご都合主義の異世界転生モノやチートスキルの勇者や冒険者にはもうウンザリ。てかハーレムギルドの最強賢者なんてライターの妄想強すぎてキモイ。往年の少年マンガには脳内美少女キャラなんか出て来んのだよ。こういうリアル青春ドラマを待っていた。

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Category :  アニメ・特撮・映画
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 もちろんジブリ作品の中でイチ推しだ。原作厨ではないつもりだが、月間モデルグラフィックスに連載されていた「宮崎駿の雑想ノート」も懐かしい。80年代のガチミリタリーの頃コメディ風イラスト集は新鮮だった。
紅の豚1992Porco RossoПорко Россо紅豬بوركو روسو붉은 돼지月刊モデルグラフィックス「宮崎駿の雑想ノート」飛行艇時代星野康二創価学会DWANGO宮崎駿アニメبوركو روسوNausicaa 千と千尋の神隠しSpirited Awayもののけ姫Princess Mononokeスタジオジブリ二馬力
 もともとはバブル期の日本航空が機内上映用に発注したという贅沢なアニメ。ウワサでは別オチや続編も存在すると言われるが、時代も流れ都市伝説の域に達している。ただ宮崎監督がお持ちの価値観や生命観を下地とする設定やストーリーは、一種の普遍性があって何度見ても魅せられるものがある。…例えばアウトローなオジサンとバツ3未亡人の大人のロマンス。アニメの設定としては超レアで作りにくそうだが世間ではありそうな話。それをキレイにまとめる監督の力量。だから年代的にもオトナも子供も楽しめる。実はその普遍性はクリエイターの理想とするモノでもある。

テーマ:ジブリ - ジャンル:アニメ・コミック

Category :  アニメ・特撮・映画
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 最初にお断りしておくと、場所の特定を防ぐため撮影時間や位置情報は全く違う所に貼り替えてある。画像も修正を加えてあるが場所はいちおう都内某所。アニメのアパート風だが中は2LDKの広さがあり家賃は不明。
パンダ荘
 賃貸も戸建も地域によって建て方にクセのようなものがあり、コチラの物件は典型的な都内風だと思う。私が関東圏に住んだ時は会社が借り上げたマンション住まいで、仕事が生活の中心で住まいを楽しめるような環境ではなかった。コチラにお住いの方々の心情は全く無視するが、こういうアニメに登場する風のアパート群には、聖地巡礼で目を見張るような羨望がある。アニメの背景画のような光景が何か堪らなく懐かしい気がする。

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Category :  アニメ・特撮・映画
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 戦前の純文学の一つである「闘病日記」には、なぜか引き込まれるものがある。人の不幸は何々とか言うが、よもやよもや、自分が書く日が来ようとは。まあ、普通に書いても陰気な文章の私。メンヘラの心を掴めるかもしれない。
今年(令和3年)2月下旬。午後8時頃。国道沿いのコンビニに寄って、原付を出そうとした直後倒れて、救急搬送。車内で救急隊員の「20時20分…」という無線の声が聞こえた。救急車に乗るといつも思うのは「部屋を片付けておくんだった」とかショボい後悔。この時はまだ「すぐ帰れる」と思っていた。静岡日赤に運び込まれ、検査の結果は脳出血。左半身麻痺。医師は「良かったねぇ」という。「バイクで走ってる最中だったら大事故だったよ」だと。それな。異世界転生するとこだった。病室に向う途中の時計は、午後11時を指していた。通路は半灯で病室は消灯していたが、室内は何か騒がしい。脳神経科病棟のため、患者の奇声や呻き声でうるさかった。映画「アマデウス」の最後のシーン、気が狂ったサリエリが精神病の施設にブチ込まれる場面を思い出す。私もかなり衰弱していたためか、うるさいのが気にならない。病院なんて静かだったら逆に気味悪かったかもしれない。
それから3~4日は食事が全くノドを通らず、一週間ほどして車椅子ごと体重を測ると、体重が15キロ減っていた。80キロを超えたデブが実に2割減量!これだけは福音。
入院なんて、グチを言い出したらキリがないが、この日赤病院は、食事はそれなりに良かったと思う。ほぼ流動食だったが、食材の上に桜の花びらが飾られていたり、鍋もの風とか、「ほうとう」とか、季節感のあるレシピが泣ける。だが同情されるのもなにかミジメな気がする。談話室のテレビから流れるADOの曲が脳に響いた。「うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ。アナタが思うより健康です!」…メンタルが腐り始めた。
会社の上司や知人からメールが来る。「元気になったら、またいっしょにバイクで走ろうな!」とかリプするのは死亡フラグ。実際この間は経過観察の期間で、再発や悪化の危険も無くなったわけではなかった。
入院10日目くらいからリハビリが始まった。理学療法士先生はよく指導してくれた。院内のリハビリは私と同じく脳症の患者ばかりで、老人や長期入院でブッ壊れた奴も多く、妙に馴れ馴れしくワガママ。療法士は皆若いが、怠ける患者には容赦なく厳しい。そこで逆ギレする患者もいるから〇したくなる気持ちもわかる。最近、そんな熱心ゆえに厳しい先生に悪い評価を付けるバカな奴もいるが、全くお門違い。またジジイの中には、病院をキャバクラと勘違いしているお盛んなのも多い。看護婦が優しいのは仕事だから。それに入院をエンジョイできるなんて充分健康だろって。
ところで、この頃はコロナが酷い時期で、外出や面会は原則禁止。病室とトイレ以外移動もできない。これではマトモな人間でもおかしくなる。症状が安定し後はリハビリだけなので、退院して自宅から通院リハビリを希望した。ところがケースワーカーという御局が、執拗に入院療養を薦める。というか、此方の希望に耳を貸さない。結局このCW、関連のリハビリ病院に患者を送ることが営業目標だったらしい。医療でも福祉でもなく、これは完全に商売。だが患者というのは立場が弱く、病院関係者が承諾しないことは絶対にできない。逆に、コイツ等の一存で患者をいくらでも留めて置くこともできる。理不尽な話だが、これが現実だ。
しぶしぶ関連のリハビリ病院への転院の手続きに入った。
その後、帰宅も許されず、同日中に、日赤の関連の医療法人O&R「静清リハビリテーション病院」に車椅子のまま転院。建物は比較的新しいのだが、4人部屋の病室は更に狭く、窓も小さい収容所のような所。病室前はホールのような空間で、テーブルやリハビリ器具が置かれ、数十人が入り乱れ、年齢層は軽く70代以上。奇声を発する老人がいたり一日中騒がしい。勤労世代はほとんど見当たらない。同室の入所者は(あとでわかったことだが)ほぼ行く宛もない長期療養者ばかり。部屋にはムダにキレイな装飾がされているが、それが返ってナチスの絶滅収容所を思い出させた。
食事は殺風景で看護師もあまり態度が良くない。リハは午前と午後、一日二回一時間づつ。もちろん外出は禁止。リハ以外の時間は病室で過ごすしかない。同室は60代くらいのジジイ共で、テレビを見ておおげさに歓声を上げるバカや、用もないのにやたら電話を掛ける電話魔など人格破綻者の養豚場のような所。ケンカになっても片手で捻れそうな奴ばかりだが、マジで気持ちが悪くて、目を合わせないようにしていた。うるさいとか眠れないなどと溢そうものなら、簡単に睡眠導入剤を処方される。それでなくても複数投薬のせいで、アタマはボケて身体の調子も何かおかしい。ほぼヤク中状態。さすがに一か月を超える入院で、読書もSNSも飽きてしまい、外出の許可を求めるが、通らない。…というか、看護師共の患者をナメたような態度にも嫌気が差してきた。こいつら患者を「物」としか思ってない。
施設内で、何度かコロナが発生する。すぐに隔離・転院させたということで口外されなかったが、移動制限は厳しくなって、看護師共の態度も更に悪くなる。頭にくることも増えたが、何しろ此方は身体障害者。しかも建前で入所者は「任意」で入院治療していることになっている。患者を長期留めて稼働率を上げれば、後は入院費で利益になる。結構な商売だ。こいつらの金儲けに付き合わされる気はない。
4月に入って、人事異動とかで、療法士や担当の面子がだいぶ変わった。新任の挨拶にくる看護師を見掛けるようになる。担当に顔を覚えられる前が逃げ出すチャンス。
4月2日、午後くらいからこっそり荷物をまとめ始める。夕食が終わった6時15分頃、ベッドにわざと新聞や雑誌を散らかし、荷物を車椅子に積み込んだ。知人に午後6時30分に駐車場に迎えに来てくれるよう頼んでおいた。
6時20分、搬入用のエレベーターで一階に降りて、防犯カメラに注意しながら従業員の通用口に向う。ここからはカードキーがないと入退出ができないので、退社する者が来るのを待った。幸い見覚えのない女の従業員が3人ほど来たので、扉が開いたところで後に付いて外に出る。バレていない。駐車場脇に隠れていると、友人の車が来た。この時間は長かった。辺りは既に暗い。闇に紛れて無事脱出に成功。
実家に戻って、夜9時頃。院長の奴カンカンに怒って電話を掛けてきたが後の祭。ASTALAVISTA, Baby !
キチ○イ病院を抜け出して、実家のリビングだったが久々に爆睡。翌日から新たに通院リハビリ病院を探すなど忙しくなった。保険関係の手続きとか何かと面倒臭い。
それから八カ月になる。幸い会社はクビがつながっていて、僅かだが傷病手当など戴きながら復職の機会を伺っている。退院(脱獄)から二ヶ月目くらいして原付スクーターに乗ってみた。ある夜、時速30㎞くらいで走っている時、道を横切った盛りの付いたバカネコが激突して派手に転倒。流血の惨事。踏んだり蹴ったりの一年だったが、異世界でやり直すこともなく、まだ現世だ。病院はいずれ晒してやる。《完》

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Category :  アニメ・特撮・映画
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 歴史の評価云々がわからない子供の頃、この映画のオープニングを見てすごく感動したのを覚えている。ウルトラマンやゴジラの特撮がミニチュアで行われることくらいは知っていたが、洋画はいつも巨大なオープンセット。大勢の俳優が実戦さながら入り乱れて熱演する様はやはり圧巻だ。
トラ!トラ!トラ!オープニング
 1970年公開のいちおうアメリカ映画となっているが、日本側からも黒澤明や多数の名優が参加する事実上の日米合作映画。特に序盤の連合艦隊旗艦「長門」の閲兵シーンは芦屋の海岸に巨大なオープンセットを作っての撮影。今ならCGで制作可能な場面だが、映画の本場ハリウッドに負けまいと当時(1960年代後半)の持てる力の全てを注ぎ込んだ総力戦の感がある。
トラ!トラ!トラ!実物大長門
 戦争を賛美するものでも卑下するものでもない。まして腐敗堕落した近隣諸国の扇動に踊らされる必要もない。史実を映画のような方法で記録して後世に残すことの重要性。またその制作に関わった方々の熱意。それを完成させることの労苦と感動。制作に関わった関係者は本当に羨ましい。
トラ!トラ!トラ!TORA!TORA!TORA!実物大長門
 この映画では旗艦「長門」と空母「赤城」の実物大セットが建築された。映画「男たちの大和」でも戦艦「大和」前半部分のセットが作られたが艦橋はCG合成。CGのなかった時代に巨大な木造建築というのは(建築基準法外だろうが)今考えても驚異的な技術。建設時期は大阪万博頃の話。
航空母艦HIRYU飛竜
 航空機の大きさからスケールは1/48くらい。煙突や艦橋の位置から空母「飛龍」か。ハリウッドが当時から実機をロケに使ったのに比べても、正に国力の差は歴然。そうした中でも当時の日本で許される最大限を結集して作られた映像。以降この映画の場面カットは多数の映画に流用された。

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