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火薬御飯

Category :  NEWS
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2019年。今年は改元や陛下の退位など歴史的出来事があって基地祭関係のイベントの日程変更が相次いだ。個人的にはただでさえ忙しい五月。予定を微調整しながら今年も何とかこの日に辿り着いた。天候は朝方は快晴だが後にわか雨。
静浜基地航空祭2019SHIZUHAMA AIR BASEエアフェスタ浜松 HamamatsuT-7初等練習機T-3しずぽんファンクラブ創価学会焼津平和会館藤枝文化会館焼津黒潮温泉ホテルアンビア松風閣SHIZUHAMA AIR BASE第11飛行教育団T-3改航空自衛隊初級練習機
静浜基地は国内二ヶ所だけの初等練習基地。もう一ヶ所は山口県防府北基地だが それを含めても滑走路のある空自基地としては静浜は最も小さな基地だという。因みに滑走路のない基地を含めると最も小さな空自基地はレーダーサイトの御前崎分屯基地となりありがたいことに県内に空自基地も集中しているのがわかる。初等練習の基地とあってジェット機の轟音がするわけでもなく時々遠く響くプロペラ機やヘリコプターの乾いた音は 古びた兵舎と相まって長閑にさえ感じる。
RF-4EJ百里基地偵察航空隊第501飛行隊第302飛行隊三沢基地KROG火薬御飯F-35航空自衛隊 F-4EJ改をつくるアシェット・コレクションズF-4 ファントムII(McDonnel F-4 PhantomII)浜松基地第1術科学校静浜基地航空祭2019SHIZUHAMA AIR BASE
去年まさかのローパス一回だったF-4ファントムⅡはRF-4EJとF-4EJ改が早朝からアフターバーナー全開の派手な機動飛行。しかも2機が交互に上空に入るワゴンホイール戦法。百里基地のRF-4EJは先般の十勝沖地震でも初期の被害確認に飛び立った高精度カメラを搭載した偵察型。偵察衛星やレーダーが発達しても夜間に雲下を低空で飛行しリアルタイムの情報を持ち帰る偵察機の情報は貴重。
静浜基地航空祭2019SHIZUHAMA AIR BASEエアフェスタ浜松 HamamatsuT-7初等練習機T-3しずぽんファンクラブ創価学会清水平和会館静岡文化会館焼津黒潮温泉ホテルアンビア松風閣SHIZUHAMA AIR BASE第11飛行教育団T-3改航空自衛隊初級練習機
正門付近に展示されているのが前型のT-3でコチラが現役のT-7。よく似ているがエンジンがレシプロからガスタービンと同じ構造のターボプロップに換装され機首のインテーク等が微妙に違う。ガスタービンのおかげで地上運転時(レシプロの暖機運転)の騒音も静かで注意していないと離着陸のタイミングさえ外してしまう。
2019年静浜基地航空祭CH-47J(LR)航空救難団ヘリコプター空輸隊(三沢・入間・春日・那覇)災害派遣創価学会清水文化会館東日本大震災福島第一原発鶴市作戦Operation Neptune Spear(海神の槍作戦)CH-47JA川崎重工ボーイング・バートル(ボーイングIDSロータークラフト)CH-47チヌーク (CH-47 Chinook)海上自衛隊シコルスキーUH-60JA Black H
展示飛行の合間に航空救難団のCH-47J(LR)に乗り込む。災害の多い我が国ではこうした救難ヘリが多数運用されているので もしものために乗っておいたほうが良い。双発のCH-47J(LR)の定員は30~40名とマイクロバスほどだがベトナム戦争時には緊急で約150名を詰め込んで脱出を決行したこともある堅牢な機体。
F-15JマクダネルダグラスMcDonnell Douglas イーグルEagle航空自衛隊JASDF自衛隊記念日Advanced F-15エア・フェスタ浜松ひそまそガーリー・エアフォースGirly Air Forceエースコンバット小牧基地イベント基地祭Japan Air Self-Defense Force静浜基地航空祭2019SHIZUHAMA AIR BASE
今年はブルーインパルスが下田の黒船祭りに行ってしまったためか他の展示飛行がやたらとサービス満天。アフターバーナー断続の旋回飛行を繰り返し着陸かと思われるほど低速でギアダウンとエアブレーキ展開。プラモデルの見本のような形体のF-15J。この後ハイレートクライムから急上昇して雲の中の点になった。
空技廠 D4Y 彗星一二型艦上爆撃機三三型二式艦上偵察機『艦隊これくしょん -艦これ-』『荒野のコトブキ飛行隊』『War Thunder』美濃部正少佐愛知航空機製水冷エンジン「アツタ」発動機靖国神社遊就館静浜基地航空祭2019SHIZUHAMA AIR BASE
ファントムちゃんやイーグルちゃんに会えて舞い上がっているだけの非国民ではない。静浜に来たら此処に参るべし。数年前から慰霊祭も行われなくなった芙蓉部隊の慰霊碑。因みに私が慰霊碑後方に鎮座する彗星のエンジン「アツタ」を接写していたら反対側で衆議院議員(ヒゲの隊長)佐藤正久殿が覗き込んでいた。
芙蓉部隊資料館美濃部正少佐岩川基地『艦隊これくしょん -艦これ-』『荒野のコトブキ飛行隊』『War Thunder』鹿屋基地知覧特攻隊天号作戦静岡県藤枝基地静浜基地航空祭2019SHIZUHAMA AIR BASE
芙蓉部隊資料館内でご存命の方から芙蓉部隊前線基地の岩川基地の説明を受けている。静浜はその訓練基地だった。岩川は鹿屋の分屯基地に当り昼間は周到に艤装され米軍偵察機が飛来しても高射撃が禁止されていた等。些細な事が歴史書よりも生々しい。隣室は司令美濃部正少佐に関するビデオ上映中で満席。
静浜基地航空祭2019SHIZUHAMA AIR BASE. HamamatsuT-7初等練習機F-86Fしずぽんファンクラブ創価学会焼津平和会館藤枝文化会館焼津黒潮温泉ホテルアンビア松風閣SHIZUHAMA AIR BASE第11飛行教育団T-3改航空自衛隊初級練習機
その間にT-7練習機も複数機で四六時中飛び回ってくれる。時々空が曇ったが断雲が直射日光を遮ってくれることもあり気温も上がらず空撮はかえってやりやすかった。展示飛行の合間には格納庫の装備品や展示機を眺めたり芙蓉部隊の資料館を延々見て回ったりタイムスリップしたような空間に終日悦に入っていた。
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テーマ:航空祭 - ジャンル:趣味・実用

Category :  NEWS
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1980年(昭和55年)5月12日、関西・中部指導の帰路、池田先生は静岡文化会館(静岡平和会館)を訪問。その一報は当日午後3時頃、「静岡に寄ります。男子部を訓練しよう。」と、先生が乗られた新幹線の車中から。同午後6時、当時1圏10本部52部(支部)体制の男子部部長の内49名が結集。
創価学会 静岡平和会館(旧静岡文化会館) 総静岡  静岡総県  駿河総区 葵総区
勤行(方便品自我偈)の後、記念撮影。席上先生は以下4点にわたり指導された。①正法広布の後継を頼む。②今こそ信心修行の労苦を忘れるな。③「身は軽く法は重し」とのご教示を銘記されたい。④社会と職場で勝利者たれ。

翌日13日、同じく静文での勤行会の席上、池田先生は以下の指導をされる。

 「功労者のお見舞いもあって、この地に寄せていただいた。近年、何かとご苦労やご心配をおかけし申しわけなく思っている。
 社会は競争であり、複雑で厳しいものだ。だれ人も幸福にしてはくれない。幸福を確立するもしないも自分自身なのである。結局は御本尊への強い祈りしかない。信心の目的は一生成仏にあるといってよい。ゆえに信心は強盛でなくてはいけない。人間、弱い心ではつねに縁に紛動され、苦しみ多き人生となる。私たちは、確固たる信念と強き信心で、一日一日を勝ち取り、充実の人生としたいものである。仏法は境涯を開くためのものである。動物は境涯を開くことができない。人間のみが境涯を開いていくことができるのである。境涯のいかんによって、その人の人格的価値は決まってしまうものだ。
いま、私たちは、大御本尊を拝し、無二の信心をもって勤行・唱題することによって、はじめて自身の境涯を開き、慈愛もわき、生活の豊かさも、事業等での信頼感もましていくことができるのである。御本尊に題目を唱えられること自体が幸せなのである。たとえ、どのような境遇にあっても、唱題は人生万般の源泉である。ゆえに、勤行・唱題を持続していくところに功徳はつまれ、かならずや生活のうえに実証を示していくことができる。これを確信することが信心である。現在の立場が不遇であるからといって、御本尊を疑ったり、勤行・唱題をおろそかにすれば、功徳が現れないのは当然の理である。」
   1980年(昭和55年)5月12日 静岡文化会館(静岡平和会館)

いわゆる「会長勇退」から僅か一年に満たない頃。創価学会会長は第四代北条浩である。マスコミや反逆者等に追われ先生は会合にさえ自由に出席できなかった。後年のそれに比べ、一見素っ気ない、なにか突き放すような「指導」も、不自由な中で会員の身を案じ要点だけを述べたものに違いない。
2013年「青年学会・勝利の年」 立宗760周年 牧口初代会長・戸田二代会長 入信85周年 創価学会 静岡平和会館(旧静岡文化会館)
直後の1980年(昭和55年)6月には55年衆参ダブル選挙、翌昭和56年には月刊ペン事件地裁差し戻し審。学会と池田先生と取り巻く状況依然厳しかった。こうした悪辣な中傷と重苦しい風評に対する反転攻勢が現在に続く「大文化祭運動」となって開花する。閉鎖的な儀式に固執する宗門に付け入る隙を与えぬ文化芸術運動は全国に波及。
五年後の昭和60年(1985年)9月、静岡でも「第1回静岡青年平和文化祭」が開催された。当時の「静岡広布史指導集」にその時の先生の指導が以下の様に記されている。

 「名誉会長は文化祭の淵源と由来にふれ、昭和29年、日大グラウンドで「世紀の祭典」が開催されて以来、数々の歴史と伝統を刻みながら、平和と文化をうたいあげる文化祭運動となったことを語った。更に次代を担いゆく青年達に対して、青春時代の行き方に言及。社会の荒波の中で、苦労し、努力し、信念の道を歩み人生を築き上げてきた人達の言葉を引きながら 『人生を要領よく生きる人もいるだろう。 しかし、青春時代には、自分を厳しく鍛え、苦労していくことを忘れてはいけない。青春時代の苦労、鍛えは、人生の原動力を大きく強め、未来の宝となりゆくことを心に刻んでいただきたい。』と望んだ。そして、この日の出演者全員が、2001年に再開して、この会場で記念の集いを、また、この会場は近く改築されるとうかがっているが、その折に、第2回青年平和文化祭の開催を、と提案。ご出席のすべての方々の多幸と長寿を祈り、あいさつを結んだ。」
     昭和60年(1985年)9月16日 第1回静岡青年平和文化祭 

その後も静岡では「平和行動展」、「教科書展」、「世界の玩具展」など多数の行事を頂いてきた。私自身、設営や役員に就く事はなかったが、何れのイベントにも新来者を連れ出した。対話に結集に奔走し、悲喜交々、報告のために夜この会館を訪れたのは、懐しい思い出であり貴重な財産となった。
廃館 創価学会 静岡平和会館(旧静岡文化会館)跡地
2013年、会館移転に伴い旧静岡文化会館(静岡平和会館)は役目を終え更地に戻った。あくまで建物は「物」である。どんなに思い入れていても、古くなれば建て替えたり解体される。だが、「後継を頼む」と師から託された静岡は、師の思いや意思を後継に伝え、自らも「広布模範の静岡」実現に奉ずる決意である。

テーマ:創価学会 - ジャンル:学問・文化・芸術

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